コントラコスモス -19-
ContraCosmos




「……斯様にコルベチーノは、旧来から商人が経験的に知っていたことをあらためて思考しなおし、論理的に整理して論文『富の所在』を著したのである。
 当時は実におとぎ話的と受け取られた市場の自由安定論であるが、現在では公私を問わず経済に関わる者の常識として定着しており、これに基づき自由取引市場の動向を探らんとする市場そのもののための学問――すなわち市場経済学すらも誕生しつつある。
 神の法(のり)を知る諸君等がそれら下流の学問に気を配る必要は無論ないが、聖庁に尽くすにあたってはこれら基本的な知識は身に付けておく必要がある。
 さて、今まで説明してきた需要と供給の関係性、『神の見えざる手』、自由取引の利点などについて質問のある者はあるかね。とはいっても明瞭な理論であるから、通常は特に――」
「教官、よろしいですか」
「……マヒト神父か。今度は何かね」
「すみません。コルベチーノはこっくりさんをやったり、昼間に死んだ両親やお城を見たりするような男だったのでしょうか」
「……マヒト神父……。いい加減にしてもらおう。誰もそんなことは聞いていないよ。君はひょっとしてわざとなのかね? わざと見当違いなことを言って、笑いでも取っているつもりかね?」
「は? いえ、そういうわけでは……」
「ならば君は気が散りすぎているし、落ち着きがなさ過ぎる。君は静かに椅子に座って私の話をよく聞き、書をよく読んで、この理論を正しく理解できるように努めたまえ。それ以外のことをする必要はない」
「は。……で、その、コルベチーノは見なかったわけですよね」
「何をだね?」
「幽霊とか神様とか……」
「当たり前だろう! 彼は君とは違って冷静な学者だったのだ!」
「えーと……、どうもよく分からないんですが、彼は需要と供給が実際にバランスを取って安定するかどうかは結局不明のままだと言ってるんですよね??」
「……逆だ! 君は今まで夢でも見ていたのかね?!」
「え、だって、その一点は誰にも見えないんでしょう……? 見えないのにあるって言われても……」






 六十人がひしめく講義室内がシーンとなった時、マヒトは自分がまた失言したことに気がついた。





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