――目を開いて、薄暗闇の中、今のが夢だったのだと悟るまでしばらくかかった。
汗をかいていた。背中にはヤライの体が、呼吸に波打ちながら寝入っているのが感じられる。
少し顔を背ける様にして彼が壁のほうを向いていることを確認すると、そっと。出来るだけ静かに寝台から滑り降りた。
初冬の夜に冷え切った石畳の上を、素足で歩いて行く。工房の中、汲み置いてある水のところまで行って、口を濯いだ。顔を洗い、手をごしごしとこすり合わせた。
情けないと思う。
情けないと思う。
仮にも毒物師が、教育された毒物師が、我が身に降りかかる災難一つ振り切ることもならずに夜中に真水に頼るとは。
そんなもので汚辱が漱がれるものか。何かが前進するものか。今自分がしていることはただ、せめて表層だけはきれいにと誤魔化しているだけだ。
けれども動くのは情緒だけで頭はまるきり死んだままだった。今はただ愚かな自分を痛めつけたいという気持ちがあるきりで、再びはまってしまったヤライという名の迷路から抜け出す算段を立てようとはしていないのだ。
なんて、私は馬鹿なのだろう。
壁に背を着け、床に座り込んで私は思った。
林檎なんてかわいいものだ。私はこの事態を引き起こしている原因をかなり的確に知っている。それなのにそれを甘やかしさらに肥え太らせている。
実際ここは毒物師の工房であり、お前は毒物師ではないのか? 後先のことを考えさえしなければ、いくらでも短絡的な解決方法はあるではないか。
ヤライを消せばいいのだ。意識の中から消しても、現実のヤライが生存し心身をかき回すのなら、簡単なことだ。
現実からも消せばよい。
周りの人間に迷惑がかかるだろうが、とにかくまた逃げてしまえばいい。父のことも彼らのことも、忘れるのにさほど時間は必要ないだろう。
大体初めて考えたことでもない。私は当初あの男を非常に憎んだ。いくら私が孤児とは言え、そうか親子は交わるものなのかと思い込むほど無知ではない。
私は悩み、都度教え込まれる快楽がそれと混ざり合って脳髄を毒した。朝方、或いは深夜、心臓が動悸や頻脈を刻むようになったのもこの時からだ。
毒のような男。
当然のごとく私に関わり、当然のように私を動かし、やりたくないことを大人の力で強要する男。
それがまさに「親」そのものの所業だとしても、排除を一度も考えない方が、どうかしているだろう。
十代の頃は感情の起伏も激しいので、実際に眠っているヤライの側に、薬の瓶を持って立ったこともある。
だがその度に負けたのは子供の心ではない。
唯一無二だぞ。
何かが私にささやくのだ。
この世界の中で、たった一人なんだぞ。
お前を愛してくれるのは。
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