コントラコスモス -21-
ContraCosmos





 林檎に甘い飲み物を与えてなだめすかして家に帰す。それから首が体にめり込むほど落ち込んでいるマヒトを何とか引きずって店に帰ると、朝から姿を消していたリップが戻ってきていた。
「あなたどこにいたの?」
 花屋の問いにあっさりと「銀行ですが」と答える。
「何でこんなに時間がかかるのよ」
「市民権が出来たから口座作って、財産の移動してた。店変えなきゃいけないから手間でさあ」
 と、まるで深刻ではない。花屋はそれなりに心配して、店番を立ててまでミノスの店へ行ったのだが、まあその辺りはこちらの勝手な事情かもしれない。
 ため息をついて感情を逃すと、彼女は無言のままのマヒトをソファに座らせ、リップにいきさつを話した。
「……あらあら」
 と、彼は目を線にする。
「何か変だわ。お父様がいるからかどうか知らないけど、ミノスさん、普段と違うみたい」
「…………」
 答えないリップに彼女は腕を組んだ。
「ところで、あなたもちょっと変ね。どうして昨日からお酒を一滴も飲まないの?」
「銀行で酒の臭いさせてたら信用されないと思わない?」
「それにミノスさんの店にも行かないし。部屋にもわざと帰ろうとしていないみたいじゃない」
「……犬語で喋ろうか」
 こちらに背中を向けているマヒトに一瞥をくれて、リップは言った。唯一笑っていない青い目が長い前髪の間からじっと花屋を見つめる。
「あれが、例の結界の主だ」
「――……」
「それで野良は警戒してる」
 沈黙の中で彼女の表情が変わっていく。その意味を受け止めきれず、口元を押さえ、一歩引いた。
「――うそ。まさか……」
「うん。勘違いならいいんだけどねえ。でもそれであいつが他でもなくマヒトに噛みつく訳が分かるだろ?」
 リップは寂しげに笑った。
「弱い犬ほどよく吠えるっていうじゃない」
 もしもマヒトに知られたら。
その神様のような明瞭さで何を言われるか分からない。
 だから後ろ暗い思いをしている人間は彼が嫌いだ。見た目を飾ろうとする必死の努力もまるで感じず、全ての事情をそのまま見てあけっぴろげな言葉にしてしまう子供のような彼が恐ろしくて恐ろしくて、側にいて欲しくない。
 罪人は雷鳴に怯えるものだ。
神鳴りが、自分に向かって走ってくるようだと言って。
「…………」
 聡明な花屋が言葉に詰まる。リップは彼女に殊更喋る必要はないことを伝え、それからしばらくミノスの店には近寄らないようにと言った。
「多分少し面倒なことになるよ。まあ大丈夫だろうとは思うけど、君も身辺に気をつけてくれ」





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