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コントラコスモス -26-
ContraCosmos



 カウンターにリップが腰掛けている。一時間ほど前にどこからか戻ってきた。
 時計の針は夜の九時。普段ならとっくにばらばらになっている時刻だ。実は意外に遠慮がちなリップだが、今日はいつまで経っても茶碗の上に屈み込んで、なかなか帰ろうとしなかった。
 それでいて話し掛けてくるのでもない。楽器を手に取ることもない。前髪の中で伏せられた目は交流を拒否していた。
 私はカウンターの中で椅子に座り、壁にもたれながら、その塊を遠くから眺めるほかなかった。
 街からは徐々に物音が消えていく。人の足も、馬の沓も、風の音すらも薄れて行った。
 我々は一息吐くごとにそこに同化した。辺りが全く静寂に帰した頃、ようやくリップは身じろぎした。
 衣擦れの音がする。長い間伏せていた顔を上げ、今目が覚めた男みたいに掌で額を一撫ぜした。
 フ――ッ……。と、長いため息をついて、リップは顎に手を宛がった。そして私を見ると、困ったような微笑を浮かべてみせる。
 ようやく動き出したかと思いつつ、
「花屋が来てたぞ」
私は口を開いた。
「夕方頃に」
「あ、そう」
 リップは白けた様に言った。
 それから眉間に皺を寄せて、再びうなだれる。だが目は開いたままだった。
 そこに、今まで見たことのなかった感情があった。嫌悪か、憎悪か、殺意か。とにかく見ている私の背が壁を押したほどの悪感情だ。
 ――初めて見た。
 それは外に向かってのものではなかった。内部に対する、生々しい憎しみだった。それが彼の両目を赤く光らし、私を黙らせ、空気を寒くする。
「……人間関係ってのは、最後には必ず腐るね」
 再び向けられたリップの口が妙に大きく見えた。それがにや、と顔をしかめるほど投げやりに歪む。
「もうそろそろ棄て時かな」



-了-


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