コントラコスモス -27-
ContraCosmos





「自らの立場をよく弁えなさい! 貴君程度の役職でこのような僭越な行為を画策するような資格があるのですか?
 聖庁は教皇猊下のご威光を冠とする、理路整然たる高等な政治組織です! それを貴君がごとき俗人の勘違いによって乱すことは許されませんぞ!」
 怒号が途切れた頃を見計らい、それでもそろりと部屋に入る。扉が半開したところで気がついたコーノスが声を掛けてきた。
「大丈夫だ。入りたまえ」
 それで心置きなくお邪魔した。部屋の中にはもう白けた顔の痩せ男しかいない。激昂坊主は帰ったらしい。
「誰だ?」
 薬がどっさり入った袋を机の上に置きながら、私は聞いた。着席したまま、コーノスは肩をすくめる。
「外務院顧問のイェーガー司教だ。私が王都と聖庁をつないだことに今ごろ気がついて、怒っていてな。
 石頭な僧侶の常で、キサイアスが大嫌いだ。外務院はおろか聖庁全部が一丸となって北ヴァンタスと対立すべきだと主張してる。それに私『ごとき』売女の息子が穴をあけたんでご不快らしい」
掌を投げ出しながら投げやりに笑った。
「私だってキサイアスと喧嘩出来るものならそうしたいね。その方が断然内務はやりやすい」
「あれと喧嘩は止めたがいい。神の理路など軽く粉砕してしまうぞ」
「だろうな。坊主というのは滅多に理不尽な暴力に曝されないから始末が悪い。聖庁の連中は尚更だ。いつだってそういう嵐は、そこらの粉引きやら子供やら女やらが食らう羽目になるのだから。
 ところでリップ君は元気かね?」
 私は話題の転換に着いて行けず、誰かさんのようにしばらく面食らっていた。三分ほどして、やっと最近の出来事とこの男との関連に思い至る。
 仁王立ちになり、両手を腰に当てた。
「……あんた、ひょっとしてリップに何かしたか」
「スカウトした。私の駒として」
「――ああ」
 眉を寄せ、天井を見る。
「あーあー。そういうことか……」
 それであいつが突然守りに入ったわけだ。
「あんたなあ、あんまり奴を刺激するなよ。お陰でこちらは一悶着起きそうだ」
「そうか? 詳しいことは知らんが、どうせいつかは起きる悶着だ。先延ばしにしたってしょうがあるまい?」
「今はマヒトが不在だ。奴が一人で焦った挙句、実りの無い結論を出したって知らんぞ」
 すると、微かに顎を反らしてコーノスは私の顔を見た。
「おや、知らん間に随分マヒト君の株が上がったな」
「……そうでもないさ」
「そうか?」
 何食わぬ表面の下で悪趣味なものが喜んでいた。私は足を踏んづけてやりたくなった。
「マヒト君は学会で見事公開解剖をやり遂げたそうだぞ。万国の医学生達から万雷の拍手を受けたそうだ。順調に行けば、来月頭にはコルタに戻ってくるだろう。心を落ち着けて、待ったらどうだ」



 ―――遅いよ。私は黙ったまま顔をしかめた。
 来月頭だなんて、あのリップとあの花屋がそこまでぐずぐずしているものか。彼らはいつまでも今昔を思い悩む、私などとは違うのだ。





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