コントラコスモス -29-
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「あー、まあいいんじゃないの」 手紙を畳みながら嘯いた。 「困ってはいるようだけどねえ」 いつもの席に座って背中を丸めている男と、その横の席に座って彼にわめきたてている客人を見る。 「先輩! 毎日こうだらだら過ごしていては体が鈍る一方ではありませんか! 鍛錬は一日怠れば寿命が一日縮まるとは、先輩の台詞です! 兵士たるもの体が資本。もっと生活を大事にしなくてはいけません!」 「…………」 ずず、とリップはまずそうに茶をすすった。 「いやあ真面目ねェ」 側で感心したように肘を着いたヤナギに、紅顔の美少年(思い切り高めに見積もっても二十歳かそこらだ)は、風を蹴立てて振り向いた。 「いえ! そんなことはありません! 軍務に就く者として当然の気構えです! それにバルト先輩はかつて軍人の鑑みたいな人でした!」 「…………」 「…………」 私とヤナギが沈黙したのは、それがあまりに荒唐無稽な台詞だったからではなく、逆に不可解なほど納得できる話であり、それだけにリップの心中を思うと気の毒だったからである。 褒めてるつもりが殴っているという場合もある。老成した我々はボレアという名の少年のぶっとんだ若さに文字通り閉口した。 「バルト先輩は公平で、部下を大事にして、本当に皆から頼りにされる素晴らしい方だったんです! 部隊じゃ新入りがみんな先輩の髪型や持ち物を真似するくらいだったんですよ! 僕なんか今でも同じ柄飾りです!」 突如、リップはえも言われぬ顔つきで張りついていたカウンターを立った。そして「えっ、えっ?」とうろたえるボレアの側をすり抜けて往来へ出る。 「待ってください! 先輩! どこに行くんですか!」 少年も慌てて後から出て行った。 扉が閉まると、店の中は急に静かになった。これが普通だ。あの少年の声が大きいのだ。 「……まさに『ボレア(北風)』だな」 私はほとんど感心しながら食器を引き下げた。 「ホント。どうするつもりなのかねえ?」 「あれほど入れ込んでるんだ。早い話が王都に連れて帰りたいんじゃないの。ただ現役の少尉がわざわざ休暇を取って来たらしいから、それが切れたら帰らないとヤバいだろ」 「あ。そうなんだ。じゃあそれで焦ってるのもあるのねえ、きっと。それにしてもマー」 最近加速しているオネエ言葉でヤナギは首を傾げた。 「災難続きね、彼」 私は薬缶を火に掛けながら、クレスの手紙の件をリップに伝えるか否か考えたが、その甲斐もあまりなさそうなので止めておくことにした。 こっちはこちらでそれなりに忙しい。材料の採取もあるし、加工や下準備、納品もある。単発での毒の注文はないが、コーノスへの物品の納入日は明後日である。 「早くマヒト君が帰ってくればいいわね。でもあと二日とか三日で、着くんでしょ?」 ―――ああ、そう。 それもある。 |