コントラコスモス -31-
ContraCosmos



 あの人は、本当に素敵な人でした。特別格好をつけてるとか、非常に気を使っているとか、そういうことではなくて、飽く迄自然体で、自分のことも大事にするし、他人のことも大事に出来るという人だったんです。
 いつも人に求められ人に囲まれていました。一人でいるところをほとんど見たことがありません。仕事の時でも遊びの時でも、必ず誰かから声をかけられて、レベルの高い人たちと気持ちのよさそうな仲間づきあいの真ん中にいました。
 つまらないことばかり言うようですが、勿論兵士としても有能でした。特に槍に関しては、警備隊の中でも一、二を争う腕前で……、ご存知でしたか? 戦功も立派で、昇進もとても速かったですよ。
 でも、繰り返しになってしまいますが、僕があの人を本当に尊敬しているのは、武力ではなくてその人間的な資質のためです。
 戦闘の才能がいくらあったって……、生活に馴染めなければ何の意味もないでしょう? それを言うなら蒼騎士隊なんかには、人を殺すことだけが得意な連中がたくさんいます。
 でも彼らは職を持っているだけのならず者で、普通に生きている人々と継続的な関係なんか築けません。出会えば敵か味方かに拘り、味方なら酒を飲んで敵なら殺します。それ以外は彼らにとって背景なんです。僕はあんな人間にはなりたくない。
 あの人はそういう意味でとても王都警備隊に向いていました。部下の命――や、人々の生活を守ることの出来る人だったんです。
 部隊の仲間達はみんなあの人が好きでした。今もです。あの人がいなくなった時には、本当に誰もが心を痛めて彼のことを探しました。
 人違いだったら困るから今回は誰にも告げずに来ましたけど……、もし仲間達がバルト先輩がここにいることを知ったら、同じように押しかけてくると思いますよ。
 ……お笑いになるってことは、あなたもご存知なんですね。あの人のことを分かってくださってるんですね。
 そうですよね……、名前を変えたくらいで、人の性格が変わるわけが無いんだ。どこにいたってあの人の奥底から滲み出すものは、隠しようがないんだから。
 ……それがどうして……、あんなことになったのかな……。
 未だに僕には、分からないんです。何故、あんなことになってしまったのか……。
 あの……、僕は今二十二なんですが……。……? どうかしました? ……え? そうですか? はあ。
 えっと、で、今は二十二なんですが、部隊に配属されたのは四年前で十八の時です。同期入隊は九名で、皆同じくらいの年齢でした。
 僕は最初からバルト先輩に感激して後を付いて回ってばかりだったから、当然同期の仲間達もあの人のことを好きだと思ってたんです。
 ……でも一人だけ、特段理由も無いのに妙に彼のことを嫌って、何かと難癖をつけたり反抗的な態度を取る男がいました。
 ショーンという名前で……、彼は第二部隊長ゲイナー中将の息子でした。年は僕より一つ下だったかな。親の力で、と言っては聞こえが悪いんですが、とにかく早く軍務に就きたかったらしくて、特別に一年早く入隊したんです。
 性格が悪くてどうしようもない、というような男じゃなかったです。少し怒りっぽくて扱いづらいところもありましたが、寧ろ根は真面目で、複雑ではなく、素直な奴でした。
 大体、僕らと話すときにはそれほど変でもなかったんです。それなのにあの人の前に出るとどうしても構えてしまって、やたら依怙地になりました。
 ……あの頃にはその理由が分からなかったんですが、彼はとにかく一足飛びに「大した男」になりたくて、内心焦っていたんじゃないかと思います。
 幾ら早く入隊しても、最初は下積みから入ります。貴族の子供じゃないんですからね……、少なくとも三、四年を経るまでは新参者扱いされて、任務も後方支援が主になります。
 確かに僕だって、あの頃は早くみんなの役に立ちたくてじりじりしてました。待機任務を言い渡されるたびに上官を恨みにも思いました。
 けれど、やっぱり実力が足りないから仕方ないなと思うしかないですよね。上になってみれば、やっぱり入隊後すぐの兵士達は危険な任務には使えません。少々部下から恨まれたとしたって、おいそれと前線に送って殺してしまうわけにはいかないじゃないですか。
 けれどショーンは、自分の実力にかなり自信があったようで、上はすぐさまそれに気づいて自分を使うべきだと考えていました。
 彼は父親のことをとても尊敬していて、同時に意識もしていたのでしょう。父よりも優秀な軍人になることは彼にとってかなり重要でした。
 自分に一度大きな仕事を任してくれさえすれば、見事にそれをやり遂げて見せるのに。そうしたら今のこの最下級の立場から一気に、部隊の花形にのし上がって見せるのに。そういうふうに考えては日々、悶々としていたんじゃないでしょうか。
 そんな彼にとって、直属のバルト先輩の存在は……、あまりに理想と近過ぎて目障りだったのかもしれません。
 僕は……本人が気づいていたかどうかは知りませんが、ショーンは本当は、彼のようになりたかったんだと思います。上司からは信頼され、部下からは慕われ、部隊中の人間から一目置かれる一人前の軍人。
 自分がいるべき場所に既に別の者がいる。しかも簡単にはその地位を明け渡しそうに無い。だから彼は自然とその人を、攻撃せざるを得なかったのかもしれません。
 でも今言ったようなことはみんな、僕が年を取ったから思い至ったことで、その頃は一体どうしてショーンがあの人にやたらと絡むのか、全然理解できないで困惑していましたよ。
 息子のそういう性格をゲイナー中将も知っていたようで、当のバルト先輩に迷惑を詫びながら、「きかん坊だがなんとか頼む」と話し掛けているところを目にしたことがあります。あの人は微笑んで大丈夫ですよ、と言っていました。
 あの人はショーンのことが嫌いではなさそうでした。きっと新兵の辛さをよく分かっていたのでしょう。カリカリした彼のことをからかっては、自分に噛み付かせることで溜まった不満を少しずつ吐き出させてやっていました。
 僕はショーンだって……、そのことを知らないわけではなかったんじゃないかと思っています。それともこれは、僕が第三者だから気づくことなんでしょうか。当事者だとやはり分からないものなのかな。
 だってバルト先輩は逃げなかったんですよ。ショーンがひどく感情的に自分に突っかかり、人前だろうがなんだろうが一々うるさく絡んで来たのに、上官としての権力に訴えることも無く、甘んじて受けていたんです。
 それが普通に与えられるような優しさじゃないということにすら、ショーンは気づかなかったんでしょうか。
 それとも気づいていたからこそ彼のプライドは余計傷つき、結果どこまでもあの人に依存しなければならなかったんでしょうか。
 ……どのみち時間が経てば、自然と解決するようなことだったんです。たかが十七、八の新兵の恨み言の一つや二つ。軍組織の中でなら、幾らだってあることじゃないですか。





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