コントラコスモス -31-
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いつもの通り、昼二課の礼拝の後片付けをしていたら、 「あ、いいですよ。私がやります」 と、妙にそそくさと近寄ってきた同僚が仕事を取ってしまった。仕方ないから椅子の方へ動くと、先んじて作業していた二、三人がやはり腫れ物に触るような微笑で彼の接近を押し止める。 なんなんだ。 マヒトは宙ぶらりんとなった我が身を持て余して頭を掻いた。医学会から帰って以来、どうにも周りの扱いが妙で困る。自分としては前と変わらず役職に準じて働きたいだけなのだが。 只でさえ最近は公女に振り回されてフワフワした時間を過ごすことが多い。ミサの準備や後片付けは身体を動かしたい際には絶好の力仕事なのだが……。 それでいて待遇が丁寧すぎるぞ、と不満を述べるのも変な話だ。マヒトは致し方なく、信者のはけた聖堂の中を見回した。 「――?」 奥の奥。箱型になった出入り口の脇にあるもっとも人気の無い末席に信者が座っている。その形がどうも見知った者であるような気がして、マヒトは目を凝らした。 あんな席では寒いし、祭壇もほとんど見えない。大体、ミサは終わったのだが……。 細めた目の中でぼやけが消える。誰が座っているのか知り、マヒトはひどく驚いた。 足は自然と歩き出している。中腰になって働く同僚達の黒い姿を背に、マヒトは入り口の方へ近づいて行った。 「――リップ」 果たして、そこに座っているのは彼だった。礼拝の最中からいたのだろうか。それとも終わってから入ってきたのか。 彼は椅子の上で背中を丸め、突き出した両膝に肘をついて掌に顎を乗せていた。マヒトを認めると口元だけ微笑まして反応を示す。 長い前髪は相変わらずだ。昼からぶらぶらしているのも、締りの無い表情も無精ひげも変わらない。一番おかしいのは、彼が聖堂などにいることだ。 一ヵ月半ぶりの再会だった。だが二人とも挨拶めいたことは何も言わない。リップは微笑んだきりまた視線を落とすし、マヒトは彼の斜め前の通路に立って、空いた椅子の背に手を置いた。 坊主達が椅子を片付ける音が聞こえる。リップはあたかもその残響に聴き入るかのように、瞼を閉じた。 その唇はまだ微笑んでいる。しかし表情は沈んでいた。辺りが薄暗いからではないだろう。 マヒトは空気を体中に循環させるように、ゆっくりと呼吸しながら、リップが口を開くのを待っていた。 人々は聖堂に思いを吐露するためにやってくる。彼がここに来たのなら、酔狂ではない。何か言いたいことがあるのだ。 マヒトは鈍い男だが、それだけのことは今までの経験から知っていた。 「――……」 やがて、背後がすっかり静まった頃、リップの体がようやく動いて衣擦れの音がした。 彼は顔を上げ、額を手で払って表情を見せた。笑っていた。けれど口元からのぞく白い歯は、その皮の下で食いしばられ震えている。 マヒトは気色を変えず、黒い瞳でじっと待っていた。 やがて笑いの波は消え、 殺したんだ。 それは、静かに吐かれて床に落ちた。 殺したくなかったのに。 呟いた後、リップの目は遠い、遥かに遠い祭壇へ注がれた。取り返しのつかない過去に望みはなく、今更搾り出されるものも無い。けれども瞬きの度に涙は塗られ、死ぬまで、表層が乾き切ることはないのだろう。 |