コントラコスモス -34-
ContraCosmos


 多くの人間が予想したとおり、緊急開催された市議会の平穏は一時間ともたなかった。議論云々という以前に、議会の開催自体が対立の事由となった。
 聖庁外務院はそもそも市議会の意見を必要としていない。普段どおり外務院だけでキサイアスに対する強硬策を講じるはずだった。
 しかしその路線を善しとしない俗議員達は市議会を開催し、今回の件に関して柔和な対策を求める旨の意見書を提出しようとした。
  当然半分の議席を占める聖職者の多くは反対する。そのような前例を作ったが最後、市議会が勢いづいて行政に口を出してくることは目に見えている。
 開催せよ。否、そんな必要は無い。
議員達は椅子を立ち、それぞれが発言台を飛び越して、拳を振り上げ怒鳴りまくった。帽子を床に叩きつける坊主もいた。議長が幾ら槌を鳴らしても収拾が付かなかった。
 場内警備を担当する近衛兵達も、いつもとは違う場の雰囲気に当惑しておろおろと体を揺らす。その隙間を、様子を見に派遣された各院の下役達が背を屈めてすり抜けて行った。
 混乱は一時間半続いた。議会開催を不要とする聖職議員、また教会と結びついて既得権を持つ一部の俗議員が強行採決を行い、怒号と揉み合いの中で、ついに開催しないという決議が出された。
 議長は閉会を宣言し、閉会に賛成した議員達は退出する。だが、開催を求める議員達は議場に居残り、一所に固まって度重なる警告にも関わらず動こうとしなかった。
 そこに残ったのは百人余。大部分が新進の商人だった。僅かに二名の聖職者が彼等の考えに従ってそこに混じっていた。
「近衛兵をして彼らを議場から退場させ、必要があれば逮捕するように」
 内務院顧問から呼び出されたコーノスは予想に違わぬ厳しい命令を受けた。
「…………」
 両手を後ろで組み、明らかに躊躇っている彼に、顧問は重ねて言う。
「相手は俗議員であるから、我々がそれを行えばますます事態が殺気立つだろう。同様に俗人である君が、この混乱の責任をとりたまえ」
「……教皇猊下は、どのように仰っているのでしょうか」
 顧問は考えることも無く即答した。
「無論これは猊下のご命令でもある! 辜負(こふ)など赦されるものではない。速やかに従いたまえ!」
 コーノスの顎の筋肉が微かに動いた。奥歯を噛み締めたのである。彼は一礼し、その足で議場へ出かけた。
 ――議場の扉が開かれ、そこに近衛兵がずらりと並んだのを見て、中にいた議員達は何が起こるのか知った。
 退出は簡単に行われた。抜き身の武器を突きつけられているのだから当たり前のことだ。議員達は後ろを振り向きながら、憎悪のこもった罵詈を兵士とコーノスに浴びせた。
「恥かしくないのか、貴様だって俗人のくせに!!」
「キサイアスの方が余程民主的だ!」
 コーノスは平静な目で事態を見守っているだけで、終始一言も発しなかった。
 逮捕者は出なかった。収拾した後、コーノスは再び顧問に呼ばれ、激しい言葉で叱責された。やり方が手ぬるかったと言うのだ。
 そう。傷つけられた坊さん方の自尊心を少し慰めてやるためには、逮捕者の一人くらい、出した方がよかったのかも知れぬ。近衛兵を焚き付け、一リットルや二リットルの血は流すのがサービスというものだ……。
 夕刻、ようやく解放されて自室へ戻ってきた。そして椅子にどっかと腰を下ろすと、肘掛に肘を立て、その手で額を覆う。






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