コントラコスモス -34-
ContraCosmos




 その晩十一時過ぎ、神学生マヒトがとある晩餐の片付けを終え、回廊を通って僧房へ戻ろうとした時だった。
 静まっているはずの中庭に、異様な気配と血の匂いが漂っているのを感じて足が止まった。
 記憶が神経を鋭敏にしている。こういう感じ。この「神の家」らしからぬ不気味な雰囲気を、前にどこかで味わったことがあった。
 理屈より先に、不吉な予感が足元から湧き上がってきた。頭をめぐらして、灯りのほとんど無い中庭を見回す。
 すると小さな噴水の側に、黒々とした人影が固まっているのが見えた。鈍い音と、人間の呻き声が鼓膜を掠めた瞬間、マヒトは走り出していた。
「――何をしているのか?!!」
 十ほどの顔が一斉に振り向いた。と、思った時にはもうそこをすり抜けて中央、噴水の脇へ分け入っていた。走るうち、解けた黒い人影の中に、妙に濡れてぐったりとした、誰かの体が見えたからである。
「何の真似だ?! 気でも狂ったのか?!」
 怒号に輪が広がった。
石段に昏倒しているのは見覚えのある神父の一人だった。マヒトより一回り年上で、確か地区行政担当。市議会にも籍がある。
 この冬の終わりに、上半身は水びたしだった。濡れた髪が貼りつく顔は白く、唇は紫色で、鼻の穴からは両方とも血が流れ出している。
 マヒトは、今日は一日アウグストの側にあり、市議会で起きたことなど何も知らなかった。だが、今目の前で、あってはならないことが為されていたことは分かる。
 彼らは神父の頭を掴み、水面に押し付けていたのだ。それだけではない、顔には痣があるし唇も切れている。
 幸いなことに脈はあるが、意識は朦朧としていた。マヒトは一気に濡れた神父の身体を抱え、立ち上がった。
 十人は、それを取り囲むようにして相変わらず立っていた。悪びれているものは一人も無かった。
 先に神父を何とかせねばならないと分かってはいたが……、耳の後ろから燃え上がえるように沸騰した不条理を御しきれず、マヒトは怒鳴った。
「一体お前達は何をしているのか!! 何という愚かな真似をしているのか!! ……お前達は神に仕える聖職者ではないのか?!」



「――お前達こそ」
 輪の中で、誰か一人がそう言った。
僧服を着た白い顔は十。並んで変わらずそこに立っていた。







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