コントラコスモス -36-
ContraCosmos


「的は動いていないようですね」
 落ち着いて静かな部屋の中で男は顎を引いた。鼻梁に影が落ちて、金色のためにほとんど見えない睫毛の代わりに鋭い線を為す。
「しかし本当にあの子に出来るのでしょうか……」
 今一人の男の疑問に、彼は穏やかな微笑を見せた。
「大丈夫ですよ、必ず出来ます。話せば分かるお子さんではありませんか」
「……ならばよろしいのですが。どうもあの子は頭が鈍くてのろまでして……」
「そういう人は往々にして内面が澄んでいて意志が強固なものです。もう二度程話せば、神の御意志をきちんと理解してくれるでしょう」
 男は、獅子の頭の彫られた肘掛を押し、椅子から立ち上がった。足元までの更紗が風のように動く。
 窓辺に立つと、行儀良く飾り付けの進む通りの光景を眺めた。半透明の自分の顔が硝子の半ばに浮かんでいる。
『――何を為さるのです!』
 記憶の中で、またあの若者が彼の手を叩(はた)いた。彼は昼でも夜でも、百回でも二百回でも繰り返し彼の手を叩く。永劫に。痛みを増して。
 男は反対側の自分の顔をじろりと見た。
『知らないとは言わせません。私がただの意地悪で君をいつ迄も下位職に留め置いていたとでも思うのですか?』
『……いい加減にしてください! あなたが男性だろうが女性だろうが、任務の場でこういう下らない話など聞きたくありません! そんなことで私の人生が左右されるのもうんざりなのです!
 地位は低くてもあの人の方がずっとましだ!! 何を勘違いしてらっしゃるか知りませんが、コーノス卿は決してこのようなことはなさいません!! 私は自分の意志で卿の方を選んだのです! あなたから離れるために!』
 男は掌を挙げ、もはや名残もないその拒絶を思い出して、虚無的な笑みを浮かべた。







<< 目次へ >> 次へ