コントラコスモス -38-
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一方リップはマヒトと共に、表から聖庁へ入った。 時刻は深夜を過ぎ、はや未明だというのに、中は妙に浮き足だっていた。何らかの理由で教会権の勝利を確信した聖職者達が、その嬉しさを隠せないで夜通し騒いでいたらしい。 給仕役の下っ端僧が、葡萄酒の瓶を幾つも抱えて足早に廊下を過ぎて行った。 「明日は、朝からテオドラ祭の特別ミサがあるだろ。二日酔いで聖務遂行か?」 そうリップが前を行く背中へ声を掛けると、彼は振り向きもしないまま固い口調で言った。 「よくあることなんだ。リップ」 青年の目は開かれて遠くを見通していた。この期に及んで言うべきことは何もなかった。 彼等は大きな階段のところで別れた。互いに行く先については無言のままだ。 「じゃあ、またな」 と、リップは手を上げる。神学生は肯いて、静かに階段を昇っていった。荷いのために創られた、屋根のように頑丈なその背中をしばし見送った後、彼は靴先を内務院の方へ向けた。 参務次官コーノスは執務室にいた。リップは挨拶を並べることもなく、ただ簡潔に、彼等の計画が林檎の妨害によって失敗したことを告げた。 コーノスはすぐに了解した。そして沈み込んだ。結局のところ権力を持たぬ彼の苦肉の手回しが、その思慮が、確かな実を結ぶことはなかったのだ。 どうして俺に一言言ってくれなかったんだ。そうしたら力になったのに。多分こんなことにはならなかったのに。 リップが尋ねると、コーノスは反問した。 そんなに拷問に掛けられたいのかね? 君の故国の人々の手によって? 眦が曇り、答えられなかった。きっとミノスも同じ事を考えたのだろう。あの明らかに候補者たるマヒトを、殉教の列に入れることを望まなかったのだ。 楽観することは幾らでも出来る。と、書類を暖炉に投げ込みながらコーノスは続けた。だが守りたいものがあるならその側へはりついておけ。 それが出来ることは幸福なことだ。と言外に漂う意味があった。彼がそれをしようとすれば、親しい者たちをかえって遠ざけ、本当のことを言わずに、小細工ばかりを弄するほか無かった。 リップは更に尋ねる。教皇や枢機卿たちは何故動かない。何も知らないのか。 コーノスは目を閉じる。 何もかも知っている。何もかも知っていて、尚こちらを選んだのだ。彼らはいつだってそれほど厳密な判断をしてきたわけじゃない。その度周りの人間が後始末をしてきた。 私は既に略式に罷免された身だ。今は正規の解任届が来るのを待っている。 紙に火が移り、一時暖炉が煌々と盛る。 これでようやっと私もここを出て、生まれ故郷に帰れるというわけだよ。 ……その力の残り火を、ひとさし俺にも分けてくれ。 コーノスは肩越しに振り向いた。そして一度は『息子』とまで言った水色の目をした青年を見た。 外からはがなり立てる酔った聖歌が聞こえてくる。 |