コントラコスモス -39-
ContraCosmos



 非常警鐘は幾重もの厚い壁を抜け、存在の隠されたこの小部屋にも小さく届いていた。だがそれを聞いても手を止めることなく、男は並ぶ棚の扉を右から順に開き、中の小さな瓶達を、次々に床へ落とし続けた。
「先代に合わせる顔がないな全く……」
 その指には二、三の細かな切り傷があった。硝子瓶の中には己の運命に怒るものがあって、砕け散る際、彼の手に破片を跳ね返したのだ。
「ああ、これも惜しいが……」
 今はもういない毒物師の作品だ。一体どれだけの労力と情熱が注ぎ込まれた品であることか。入れ物の瀟洒な硝子だってそうだ。こんな小さくて薄いものは、今では滅多に作られなくなった。
「すまないね……」
 床に落ちるには一秒も要らぬ。砕け、芥や他の薬液と混ざり合い、瞬時にものの役に立たなくなる。
「君らをあの男に渡すわけにはいかないし、それに……」



 すっかり仕事が終わり、文官の姿が消えたずっと後になって、一人の僧侶がばたばたと同じ部屋へやって来た。そして、部屋の荒廃に息を引きつらすと、一層泡を食って元来た道を戻って行った。




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