コントラコスモス -40-
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事態が前進しないまま太陽は南中を過ぎた。騎士たちは探索を続けていたが、獲物は掛からず、その顔には徒労と懐疑の影が浮かびつつあった。 聖庁はもう動きを止めていた。制圧した騎士たちも要所に張り付いたまま、事態が変化するのを待っている。 主のいなくなった文官の部屋から集められた書類を眺めていた王キサイアスは、扉の向こうが騒がしくなったので目を上げた。 渋面の騎士と一緒に揉めながら現れたのは、黒髪を振り乱したカイウスである。眼光は焦りに炯々とし、顔は青ざめ引きつっている。相変わらず獲物が見つからないのだな、と満座は一瞥で悟った。 口を開けば程度の知れる男だが、今の彼は見た目にも体面を潰された憐れで下劣な小物そのものだ。 「陛下、銃を三丁使わせて頂きたい!」 キサイアスは書類を離さぬまま、そっけなく尋ねる。 「……何に使う?」 「人質を立てます! あの女がもしこの街にいるのなら、出て来ざるを得ない人間で! 功奏さぬ場合は撃ち殺しますが、ご容赦を……!」 謂わんとしていることを知り、キサイアスは意外そうな表情を浮かべた。 「初耳だな。情夫がいるのか?」 「――いるのです……!」 王は心から疑問に思ったのであっさり問うたのだが、それは男の何がしかの感情を傷つけたようだった。いるのだ、と短く答えた後は顎が上がらず、なにやらブツブツと口の中で呟いている。 (よくも入れ込んだものだ……) キサイアスの遠い眼差しはいっそ憐憫ともとれた。王のような男にとって、カイウスの存在は気の毒としか言いようがない。 馬鹿げて昂ぶった自意識を持つが、実態は何を問うても中途半端で、内務でも毒師でも多分人間ですらない。ただ恐ろしくチヒロに執着しているという理由で彼を使ったが、知れば知るほど精神は卑小でありどこまでも実に見苦しかった。 土壇場で思いついた今の策にしても、下衆で汚らしい手だ。それは王の言動と似ているようでいて本質がまるで違っていた。 だが、彼の返事は是認だった。 「やるがいい。娘が見つからなければどうせ貴様はあの世行きだ。卑怯者の汚名くらい、今更気にする面目でもあるまい」 キサイアスとて評判の一つや二つに頓着するでもなかった。教皇を拉致する時点で悪魔呼称は決定だ。それにそれをするのはカイウスであり、彼ではない。 許可を得た猟犬は、即座に紙の散らばる部屋を飛び出していった。追おうとする騎士を呼びとめ、質問する。 「どんな男だ?」 「会っていませんが、医学を修める准司祭とのことです」 「坊主ねえ……」 ますます納得いかなげに首をひねる。 毒物師は、どんな性格を装っていようとも基本的にプライドの高い連中だ。相手をいつだって殺せるが容赦してやっているのだから自然とそういう思考になる。多くの愛人を抱きはしても人型同然に扱うキサイアスと同様に。 それが自分自身と引き換えにして足るほど他者を、それも坊主などを認めるとは想像に及ばなかった。カイウスの嫉妬に塗れた狂想か、或いは……。 「もし娘が出てきたら」 キサイアスは騎士に注文を着けて後を追わせた。 「その男は殺すな。出てこないなら消して構わん」 主の前を辞した騎士は玄関のところでカイウスに追いついた。犬は早速連行されてきた坊主を暴行しているところだった。突き倒し、既に相手はぐったりしているのに、顔面を蹴っている。 それを見た時、騎士はカイウスがとうの昔にその手を思いついていたのだが、何かが邪魔をして、実行に到らなかったのだと知った。 恐らく彼にしてみれば、その男のチヒロへの影響力を思うだけで屈辱なのだ。こんな謀(はかりごと)に頼らねばならぬこと自体が敗北なのだ。 「馬鹿者、やめんか! 殺すんじゃない!」 近寄って肩を掴むと、カイウスはぎらりと睨み返してきた。 「当たり前だろう、分かっている! 俺は気違いじゃない!!」 傍らで銃を抱えた騎士と共に、彼は曰く言いがたい顔でそれに応えた。 (そうか?) 話す代わりに眼差しがそう訊いていた。 |