コントラコスモス -39-
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マヒトは大学の講義棟の中で他の医学僧と一緒に負傷者の手当てを行っていた。そこに北ヴァンタスの騎士たちがやって来て、はっきりとマヒトというのは誰か、と尋ねた。 どの部屋で治療が為されていたかは、僧侶しか知らない。誰かが彼を売ったらしかった……。 気色ばみ、抗議しようとする仲間を制し、マヒトは歩み出た。白いシャツには患者の血がついていたので、その上に制服を羽織った。 前後を騎士に挟まれ、講義棟を出るまでに後ろめたい視線に幾つも突き当たった。マヒトはもはやそんなことでは驚くに足りないし、そもそも僧侶だけが狼藉を免れるのはおかしいと思った。 一旦聖庁の玄関へ連れて行かれる。そこには見覚えのある男が立っていた。ミノスを騙し、その父親だと名乗っていたあの男だ。 顔を合わせた途端横様に殴られた。一発で倒れなかったことが更に彼を刺激したらしく、切羽詰った拳が繰り返し飛んできた。 倒れると、男は側の騎士に背後で手を縛るようにと言った。それから再び彼を痛めつけた。 今ひとり騎士が現れてようやくそれは止んだが、吹き出した鼻血がぬるりと張り付いて、拭うこともならず不快だった。 立たされ、移動する。大聖堂へ入った。さすがに汗が出るのが分かった。 今日はここで、三十を下らぬ人間が虐殺された。自分も殺されるのか。大いに有り得ることだ。官僚達が殺された以上、聖職者だけが無事なのは理屈に合わない。 案の定鐘楼を昇る階段を行かされた。マヒトははっきり知らなかったが、官僚達が突き落とされた場所を過ぎ、尚高い場所へ急かされる。 小さな扉があった。屋根を修理する職工達が出入りに使うものだ。蹴破られると、外には作業用の通路があった。 柵は無い。晴天だが吹き付ける風に煽られる。 仰ぎ見て、彼は緋褪色の天蓋のど真ん中にいるのだと分かった。凄まじい迫力で市街が見えた。そして北へうねる川、遠くランサンの山々までが見渡せた。神の視界だ。 マヒトは訳がわからなかった。こんなところに連れてきてどうするのか。殺すなら突き落とせば充分だ。騎士の一人が抱えている見慣れぬ武器の理由も読み取れない。 と、全身を震撼させる厳かさで鐘が鳴った。下界で聞くのと全然違う。一音ごとに自らが押し出されるような感じがした。 無論時報ではない。朝の警鐘に近い。つまり誰かへの合図なのだ。 そこまでは分かったが、解読はならなかった。マヒトのされるがままの姿を見て、カイウスはようやく落ち着きを覚えたらしく、騎士の一人から武器を取って見せ付けるように笑ってみせた。 それは全く奇態な得物だった。長さは丁度両腕を広げたほど、木の台座に鉄製の長い筒のようなものが横たわっている。付け根の部分はごちゃごちゃしていてよく分からないが、細い煙が上がる端から紛らわされる。 火を使っているらしい。 怪訝な眼差しのマヒトを愉快そうに眺めながら、カイウスはその先を彼の頭の上あたりへ斜めに向けた。 そしてごうごうと風の鳴る空に次の瞬間、禍々しい異教の火薬が炸裂した。 |