コントラコスモス -40-
ContraCosmos



 騎士の手とカイウスの手が同時にマヒトを押さえた。狭い通路から落ちないように引っ張り上げる。
「……が、あああ……!」
 背骨を貫く痛みにマヒトはうめいた。右足に灼熱の針を突き通されたかのようだった。金属の弾が膝下の筋を分断し、不可思議なほど奥まで入っている。その異物感と一斉に燃え立つ神経の悲鳴に脂汗が出た。
 血が僧服を汚していく。風に吹かれてズボンの先はもう冷え始めている。何だ。この悪魔の武器は何だ。
「……ぐ……、ぐ……」
 痛みはあまり強いと震えに変わるものだとマヒトは初めて知った。尋常の範囲を超すと、人間は勝手に死への準備を始めるのかもしれない。吐息や、痒みや、子守唄のようなものにすり替わる。もはやうまく知覚出来ず、変に歯痒かった。
 マヒトは足を投げ出すような形で通路に座らされた。傍らではカイウスがようやく傷に擦り込むものを得て、大層嬉しそうに銃を取り替えていた。
「一度に一発しか撃てないのが面倒だがな」
 薄目を開き、激痛に喘ぐマヒトを見下ろす。
「次で終わりだ。もう十分したら今度は頭を撃ってやる。ひどい面だな。……痛いのか? 痛いよな」
「…………」
「せいぜい苦しめ、苦しめお前もチヒロも……。当然の報いだ……! 散々のた打ち回ってくたばれ……!」
 傍らで見ていた騎士が嫌悪を込めてカイウスを睨んだ。やはりこの男は正気ではない。既に原初の目的を失っている。
 王都に現れたときから王には様々な方便を申し立てていたが、とどのつまりこいつがしたいのは復讐なのだ。自らをコケにしたもの全てに対する。
 後先すら考えていない。毒物師の娘が現れなければ、自身の命も危ないというのに、今は手にした熱い銃の力と、目の前の男に対する憎しみに我を忘れていた。
 望みがあるとしたら、相手を苦しめることのみ。
 負の塊だ。そう騎士が考えた時、
「何故だ……」
 背中の壁にぐったりと寄りかかった男が目を閉じたまま、掠れた声を漏らした。
「ミノスを愛してるなら何故こんな真似をする……」
 それを聞くと、カイウスの額に凄まじい恨みの影が音を立てて走った。どこか演技じみて見えた表情が死に、最も深く、最も傷ついた彼の本心が一瞬浮上した。
「あれは俺を裏切った……」
 歯と歯の間から捩れ曲がった言葉が小さく漏れる。マヒトの瞼が薄く開き、黒い瞳がカイウスを見上げた。
「赦せないのか」
 沈黙があった。
 騎士たちにはその場の時が停まったように思えた。
 やがて、女性の乳房にも似た、風の鳴る大聖堂の天蓋の上で、カイウスはゆっくりと、非常にゆっくりと首を振った。そしてぎこちなく、新しい銃を構えた。
 その銃口はマヒトの眉間に定まっていた。幹の部分から立ち上る白い煙がカイウスの周囲を笑いながらほどけていった。
「――」
 ものも言わず、突然騎士の右手が銃砲をつかみ、力をこめて下ろさせた。
 カイウスは奇妙に気の抜けた声で、「何を止める」と言う。
「殺すな。下を見ろ」
 騎士は主君の命に従ってそのまま銃を取り上げた。
「貴様の女が運ばれてくる」






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