コントラコスモス -41-
ContraCosmos |
「何だと?! 何故あの男を連行してる?! 殺すと……陛下! 陛下!!」 「犬が騒がしいな」 「恋敵の随行に今ごろ気づいたのでしょう」 キサイアスは小休を得るために馬車に乗り替えていた。両足を長々と伸ばした向かい側には若い騎士が一人、軽装で乗り込んでいる。 と、馬車の扉が叩かれ、六十ばかりの老文官がよっこらしょと乗り込んできた。 「どうだ?」 「まあ痛恨の極みといったところですな。それに、とても強力な毒物師には見えません。あんな小娘の為に騎士らの実入りを半減させたので?」 「最近気づいたが俺はお前より忍耐がある。でかい獲物が欲しいなら手間と餌を惜しまんことだ」 「これはご挨拶ですな。で、あのかさ張った坊主はなんです?」 「餌だよ。鴉片(あへん)を使ってもいいが、二級品に対してすることだ。小娘が落ち着いて私に馴染むまでは生かしておく。それなりに役に立つだろう。 それに、いい身体をした男じゃないか。真面目な清童らしいから、傷が癒えたら堕落させても面白い。あっちを罌粟に漬けてつがいで飼うのもいいかもしれんぞ」 「…………」 文官は注意のこもった眼差しで主人を見た。王は本心を喋っておらず、且つ今時点ではそれを晒すつもりがないのだ、ということを長年の経験から勘付いたのである。 賢明なる騎士殿は数刻前から目を閉じ、表情を消していた。 「やれやれ、若様の気まぐれは昔から一つも変わらぬ。なにやら胸が騒いで合流したが、やっぱり予定に無いことをなさっておる。私がおらぬといけませんな」 文官は背もたれに頭を預けると、ため息をついて腕を組んだ。キサイアスは笑っているだけだった。 「陛下、そろそろブレシア領内へ差し掛かります」 窓の外を窺い、騎士が教える。 「あの爺さん出てくるかな?」 「おそらく……」 大方の予想通り、ブレシア領主アルベルティスは手勢を率いて街道を待ち構えていた。馬車の歩みが止まり、聞き覚えのあるカラスのような枯れ声が再び王軍を迎える。 「控えよ、無法の者ども! 汝等の非道なる行いの数々、既に天隅に到る迄周知のことである。いますぐ高貴なるお方を放すならよし。もし応じずば、武力を以って正義の裁きを為すものである!」 馬車の中に恥かしげな失笑が満ちた。 『爺さん』は間抜けのくせに何をとっても大仰なのだ。聞いてると首がすくむ。 対する騎士の返答も何だか角張っていた。 「ブレシア公に申し上げる! そのような報は、我々を陥れんがための偽りである! 猊下は陰謀渦巻く教皇庁を離れ、王都カステルヴィッツに入城し、我らが主キサイアスU世陛下の保護下に入られることをお望みである。そのために自ら我々に同行なされたのだ! 我々は猊下のご意志を尊重し、それを遂行する! 邪魔立てなさるならば、それすなわち神への反逆であると心得られよ!」 「悪鬼めら! 何と恥知らずな虚言の数々……!!」 くどい言い様を刺すかのように、鈍い銃声が一発響いた。舞い降りた静寂に相手の驚愕の気配が伝わり、思わずキサイアスは笑みを深くする。 実に使い甲斐のある玩具だ。今ごろ教皇の乗った御用馬車の周囲では騎士たちが、一〇丁ばかりの銃口を一斉に馬車の内部へ向けていることだろう。 充分なる間が流れた後、馬車が動いた。ゆっくりと、再度前進を始める。キサイアスは微笑んだまま目を閉じた。この平原を過ぎてしまえば、もはや王都カステルヴィッツは目前である。 |