コントラコスモス -41-
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聖庁の神父が言ったとおり、もっとも略奪の被害が激しかったのは川向こう、特にアールベジャンの界隈だった。限られた時間の中で自らの財産を増やすために、騎士達は最も裕福な土地を最初に狙ったのである。 殺害されたものの数も多く、一つの敷地が広く孤立しているために共済もならず、上がった火は中々消えなかった。 林檎は、庭のはなれに閉じ込められていたため難を逃れた。夜まで続いた阿鼻叫喚に何とか外へ出ようと焦ったが、厳重に施錠されて為す術もなかった。 明けて、覚悟を決めてドアを破壊し、邸宅に入った彼女は、生臭い空気の中に散乱する死体と家財、割り尽くされた窓の破片と、血を踏んだ蹂躙者の乱れた足跡を見た。 少女は唖然とし、立ち尽くした。 一体、この何一つ包み隠されぬ有様は何事だろう。 手が転がっている。燃やそうとして燃えなかった壁の跡。暴かれた女たちの青白い肌。 そしてなんて汚いのだろう、ここは。なんと荒らされ、破壊され、馬鹿にされているのだろう。 少女はゆっくりと、廃墟を歩いた。生まれた時から当然のようにそこにあった屋敷が、幻想であったかのようにただの穴になっていた。 こんな世界を想像したことがある。いっそ何もかも無茶苦茶になればいいと。けれど、無茶苦茶になったその後のことはついぞ考えはしなかった。 だれも生きていないの? 少女は思った。 本当にだれも―――。 天井から何かの破片が落ちた。 その時突然、少女は目が見えるようになったような気がした。その壊れ死絶えた家の居間に立ちて初めて、自ら為すべき無数の仕事が静かに浮かび上がってきたのである。 不思議だ……。少女はまだぼんやりした表情で考えた。 私が死のうとすると、必ず誰かが仕事を呉れる。たとえそれが、両親の遺骸を片付けるような仕事でも。 いや、最初からそれが私の仕事だったのかもしれない。以前は傲慢で吝嗇であり今は無言の両親をもう許すこと。そしてそれを清め、片付けること。たとえ彼らは絶対にそれを認めないにしても。 呻き声がして、そちらを向いた。 使用人の男がうつぶせに倒れていた。林檎にも縁の深い男だ。 父に言われて執拗に彼女を監視した。年末にはミノスの店に迎えにきた。汚れ仕事に失敗した林檎を腕ずくで東屋に連れて行ったのも彼だった。 「エヴァ様……」 男は、顔を上げると少女の名前を読んだ。顔の左半分に、べっとり血糊が着いている。 「……ハラス……、あら耳を取られたの?」 林檎は歩み寄り、側へしゃがみこんだ。 「……ハラスは前に、あたしがこちらに入るのを許されないのはあたしが悪いからだと言ったけど……。こっちも随分ひどいのね」 「申し訳ありません。旦那様は……、奥様も……」 ぼろりと、男の鼻筋に涙が流れて血潮を溶かした。林檎は教会の聖像のように眉をひそめ、指先でそれを拭ってやった。 「立てるなら立ちなさい。しっかりなさい」 顔を上げ、遠くを見る。 「どっちにしても、あたしたち……、これをどうにか片付けなくちゃいけないでしょう……」 |