コントラコスモス -43-
ContraCosmos


「神父様……。朝食です」
 声が聞こえて、目を上げる。規則正しく並ぶ鉄格子の向こうに、兵士が立って食事を差し入れていた。
「ありがとう」
「いえ、どうぞごゆっくり。気をつけてください」
 と、言うのはマヒトが片足を負傷しているからだ。
 王都に到着して(つまりこの牢に入れられてから)すぐ医者がやって来て、縛られたマヒトが喘ぐのも構わず弾を摘出して行った。その傷がまだ塞がらない。
 大柄がこの時とばかり仇になった。今は痛みを別にすればかなり派手にびっこを引きつつ、何とか歩けるという状態だ。当然、汁物の入った盆などは運べない。差し出された場所まで辿り着いて、地べたに座って食うという情けない始末になった。
 だが、それが警備の兵士の一人と言葉を交わすきっかけになったのだ。夜から朝へかけて牢の警備を担当する彼は、地の黒い五十前後の男で、最初からかなりマヒトに同情的だった。というより善良な教会信者としての良心が、今回の国王の大それた所業に慄き、かねてから神罰を恐れていたのである。
 二日目の晩、空腹に耐えかねて苦々しい顔のまま食事を摂っていたマヒトの側にそそと近寄ってくると、格子越しに彼に謝った。
 すみません。神父様を監禁するなんて本当はしたくないんです。でも命令で、逆らうことが出来ません。どうぞお赦しください、お赦しください……。
 マヒトは勿論彼を責めなかった。ただ状況の説明を求めた。粗末に扱われた彼は、大体自分がどこにいるのかも曖昧なままだったのである。
 事あるごとに謝ろうとする兵士の回りくどい話から、ここはやはり王都カステルヴィッツの王宮内部、地下一階に存在する牢獄であることが分かった。
 無論、兵士も多くを知っているわけではない。彼と同時期に連れてこられた女性のことなど全く関知の外であったし、コルタや教皇のその後についても、確実な情報を得られないまま諦めざるを得なかった。
 マヒトはあっという間に空になった椀の中に匙を入れ、兵士に返した。それから這うようにして寝台に戻ると、腰を落ろして、右足を投げ出しながら――やっと、気をしっかり持とう、と思った。
 今からどうなるのか簡単な見通しすら立てることが出来ない。連行されたはずのミノスがどこにいて、どういいう状況なのかも、他の仲間たちが無事なのかも知り得ない。
 だが決して虚無ではない。神は数ある兵士の中から信心深い男を私のもとへ遣わした。
 全てをご覧になっておいでなのだ。ここは地獄ではない、絶望にはまだ早い。
 傷の手当てをしたということは(酷い扱いだったが)、何らかの理由で自分はまだしばらくは生かされるのだ。
 ならば食おう。そして絶え間ない痛みを堪えて眠ることを覚え、一日でも長く生きよう。
 ミノスは生きている――直感だが、分かる。それどころか今、自分のことを考えているという気までする。
 多分、想像に過ぎないのだろう。睡眠不足で益々頭が馬鹿になっているから……。だが、彼は自らの単純を利してそう信じることに決めた。
「何か、他にありますか。私に出来ることなら……」
 盆を片付けた律儀な兵士が戻って来て声を掛ける。マヒトは肯き、お祈りをしたいので東がどの方向か教えてくれ、と言った。





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