コントラコスモス -43-
ContraCosmos |
深夜。 王宮の北東にある『客間』を守る兵士らの前に、王都警備隊の制服を着た二人の士官が現れた。 「第二南部隊、ボレア少尉である。ご苦労」 同じく警備隊所属である兵士達は敬礼を以ってそれに応えた。彼らはまだ任務について間もない新兵だが、少尉には見覚えがある。 だが、共にある静かで泰然とした雰囲気の男は誰だか分からなかった。着馴らした制服には中尉章がついているが……。 「こちらは、特務隊に所属する中尉だ。事情により名は明かせない。またここを訪れたことも内密に願いたい。上部では話し合いがついているが、万一処置に困った場合は私まで苦情を。よろしいか」 「は、はいっ」 「よろしい。こちらが外務の命令書である。検めた上、開錠を願う」 「はい」 兵士は受け取ると、手順に従って書類の中の幾つかの確認事項をもたもたとチェックして行った。確かに命令書は外務部から出ており、第二課の主の署名もきちんと添えられていた。末尾には極秘任務である旨も強調されている。 「結構です、どうぞ」 「中はどうか?」 「……生きていますが、段々おかしくなってきているように思います。食事もほとんど摂りませんし、昼頃には、何やら唸っておりました。 あと騎士隊の連中が盛んにうろうろしてまして、実にやりにくいですね……」 二人は中へ入った。先に中尉章をつけた男が行き、部屋の真ん中で立ち止まる。背後で扉をぴたりと閉めたボレアが、その肩越しに部屋の主を見た。 女は窓際に置かれた粗末な椅子に座っていた。以前見たときとは違い、高級で落ち着いた色のドレスを着ている。 女史、という感じだ。だがその凄みを帯びて光る両目と組んだ足、不敵に歪んだ口元は、そんな無害なイメージを冷たく笑い殺していた。 「――……」 ボレアは心中密かにたじろいだ。前と違う。あの静かな街で伸びやかにお茶を淹れていた女とは違っていた。 且つ囚われの身としての心細さといったものとも無縁だ。いや、それどころか先の兵士の印象にも合致していないではないか? 或いはこの静けさは、もしかして完全に狂ったのではないか……。 ボレアは恐る恐る同行した男を見た。だが、彼のほうは平静なまま、青い目で女を見つめ、未だに無言だった。 静寂が流れた。彼らは恐ろしいめぐり合わせの果てにようやく再会したというのに、少しも動じなかった。まるで空白など有りはしなかったとでもいうように平たく、 「……遅いよ」 と、言葉を発したのは女だ。聞き覚えのある声だが、喉でも痛めたのか、ひどく掠れてしまっている。 「私はもう一勝負終えちまったぞ」 鋭さを増した顎を引き、目を閉じた。 男は髪の毛を清潔に刈り込み、顔には一本の無精髭もない。国の軍服を着こなし、正に現役らしく流行色の手袋まではめていた。しかし口を開けばそれは、バルトロメオ・リフェンスタインである。 「すまなかった」 彼は彼女の文句を引き受け、静かに問う。 「答えは出たか?」 「…………」 女の細い右手が蜘蛛の足のように額と瞼を覆う。そのまま、ゆっくりと首を三度、縦に振った。 そして側のテーブルの上に置いてある小さな紙片を示す。それは、朝方林檎と共に渡されたクレスの手紙だった。 「…………」 問い掛けるような眼差しのまま立つリップに、ミノスは、口の中で消え入るように小さく「コーノスが」と呟いた。 次の瞬間、静寂は止まり、蒼く震え、堪えんとして砕けた。 音も無く前のめりになったミノスの掌の下から、涙の筋が幾つも流れる。嗚咽を食いしばる唇を超えて、雫がぽたぽたと床へ落ちていった。 同時にぐしゃりと顔を潰したリップは歩み寄った。彼女の前に膝を落とすと、ものも言わず、その傾いた体を抱く。互いの手が食い入るその背が、悲傷に波打ち震えているのがボレアの目に映った。 |