コントラコスモス -44-
ContraCosmos


 さて、俺はコーノスの後継者らしいのである。
後継者だからまず前任者が一体何を考えていたのか整理するところから始めてみた。
 そもそも、俺が聖庁に勤めて坊さん方の横暴さに頭を痛めている男だったとしよう。で、そこに些細な縁を頼って一人の毒物師がやって来る。
 毒物師自体は些細どころじゃない……。数年前から行方不明の高名な毒物師の直系だ。素質は充分、且つ危険度はずば抜けている。魔剣が懐に飛び込んできたようなものだ。
 俺は考える。これは使える。
この人間は毒と死を司り、狙い済ました人間を違わず殺すことが出来る。いかに用心しても防ぐ手立ては無い。聖人だろうか教皇だろうが問題なく、まるで神か運命の矢じりのように、あらゆる用心をすり抜けて標的の心臓に達するのだ。
 これは、力に溺れ刃を振り回すものに対抗する、有効な一手となる。コーノスが有能な毒物師を擁していることを知れば、坊主どもは少なくとも礼儀を知るだろう。
 一つの世界に二つの恒星。互いに拮抗しあい独裁を阻止する。正にカナスが唱えたところの毒「師」の務めだ。
 最初コーノスが本能的に狙ったのはこういうことだろう。しかし実際にミノスを抱えて奴がしていたことは、全然別のことである。
 確かに何度かミノスの毒や技術を内務に使っていた。だが普段は全くの放し飼いだったし、更に言うなら実態は単なる保護だった。
 結局のところミノスがその最も恐ろしい技術を要求されることはなかったし、権力への対抗馬などという扱いではなく、ごく普通の変わり者の生活を許されていた。
 本来なら、借金を楯に幾らでも毒の仕事をさせることが出来たはずだ。コーノス自身は、最後まで坊主どもの高慢に振り回されていたのだから。
 何故か。答えはごく簡単だと思う。
コーノスはやられていた。だからせっかくの懐刀を抜いて、朱に染めることもなくあっさり死んだ。
それだけのことだ。
 さて俺は後継者である。どうせ世代を繋ぐのだ。一つくらいは賢くならねばならないだろう。
 だから俺は正直にこれらのことをミノスに伝えた。あれは俺の言うとおりだと言った。
 俺達の間に借金は無い(多分)。だから、ミノスは俺にも一つ命令をした。
 僧侶マヒトを解放すること。そして何があっても、その天寿を全うさせること。
 俺は承知した。その瞬間、なんだか雑念がざーっと流れ落ちてしまって、今では考えようにも考えられないほど頭が空っぽになってしまった。
 楽だ。そして自然だ。ただ一体これは何だろうとは思う。俺は以前は全く逆のことを考えていたのに、 今は違う答えを得て、カチリと固定されてしまった。
 人間の納得という感情は、全く奇態な実質を持っている。それが何に沿っているのか俺にはわからない。少なくとも正義ではない。もしこれでも正義に沿っているなら、人の正義は絶望的に不安定だ。
 俺が戸惑った態をしていたのだろう。女は言った。
「先へ進もう。私はもう、起きてしまった。喪われたものは戻らない」
 ――ああ、この女は俺の仲間である。
 骨に堪えるようにそう思った。
「そうだな」




 睡眠を経て深夜。俺達は一週間ほど潜んだ隠れ屋を出て、カステルヴィッツの城下を進み、別れ、ボレアと落ち合った。
 この赤毛の純情は、何年も前に退役した俺の制服を大事に取っておいてくれた。
「入りましょうか」
 今は発覚すればどれほど不利益になるか分からない道へ、自分から先に立って導く。
 以前の俺なら慄いたかもしれない。他人を動かすことはとても恐ろしいことだから。
 俺たちは昨日と同じ要領で通用口から堂々と城へ入った。その半時間ほど後(丁度俺達が地下へ達した頃)、西の方角でどぉんと鈍い爆発音がした。
 次に警鐘。ここのそれは音が高い。寝静まっていた城内にキンキンと鳴り響いていく。
 懐かしいとも言えた。一度こうやって警鐘が鳴ると、不寝番の兵士はカードをやっていようが眠たかろうが現場に飛んで行かねばならない。
「時刻どおりです」
 従者の格好で控えていたブリスクがそっと囁く。俺は肯き、走り出した。
「何の騒ぎですか?!」
 迎え出た地下牢の牢番に、急襲があったことを告げ、警護の為と称してほとんど押し込むように中へ入った。従者のブリスクは何も言わなくともその場へ残り、多分牢番を眠らせてくれる。
 空牢の並ぶ廊下は嫌なにおいがした。焦っていないと思っていたのに、足の勢いが止まらないのには自分でもびっくりだ。
「リップ?!」
 半ばの一室の中から、俺の名前を呼ぶ声がする。振り向いてマヒトの顔を目の当たりにした時、自分の心が真っ白に、そして些か無慈悲にすらなってしまった理由が少し知れたような気がした。









<< 目次へ >> 次へ