scene 2





「じゃ、スタッフに引き続いてキャストの紹介をしましょう。
 私の近くから、ジャン・バチスト、ミラ、デミトリ。この三人は以前同じ劇団にいた仲間同士なのね。デミトリはその劇団の座長を務めてたの。今回、制作や装置のスタッフも紹介してもらったりして助かってます。これからもよろしくね。
 次に、主に『少女』役で登場のアキ。彼女については知ってる人もいるかもね。日本の出身で、二年前からパリの舞台に出始めた役者さんです。一見してガイコクジンかよ! と我々仏人はビビるわけだけど、彼女は仏語喋れるし、真面目ないい娘さんです。だから安心して話しかけてあげて。
 最後に一人、『JR』役をやるのがそのヨシプ。クロアチア出身で、今はジダンの家に同居してるわ。無口だけど、彼も仏語は話せるからご安心あれ。実は彼は舞台、ほとんど初めてなの。パリには来たばかりで知り合いもほとんどいない状況だから、みんな親切にしてあげて。 よろしくね。
 ――――と、いうわけで」
 長々とした説明から呼吸を取り戻して、クリスティナは机に両手をついた。用意された椅子に座る、スタッフとキャストたちを見渡す。
「このメンバーでしばらく一緒にお祭りします。折角だから絶対楽しいお祭りにしましょ。
 本番の情報をお伝えしておくと、期間は四月十日から十四日の五日間、全六ステージ。場所は…、十一区のヴァンティロ劇場。リセの近くにある、古いけど雰囲気のある劇場よ。地図はまた配るわね。
 それじゃ、台本はもう手元にあると思うので、これから読みあわせを軽くやって、質問があれば受けて、その後衣装のサイズ取り、宣伝美術用の写真撮影をして、それで今日は終了の予定です。
 じゃジダン、いい?」
「――――んっ?」
 五秒ほど遅れて反応したジダンは、役者達から怪訝な顔で見られてしまったと思った。ちゃんと話を聞くには聞いていたのだが、同時に思考がどこか遠くをさまよっていたようだ。
「…だから、読み合わせ開始してもらっていい?」
「あ、うん。ああ、分かった。了解」
 調子付けるつもりでますます滑稽さが増した。正面の若いデミトリ君は遠慮なく『おいおい大丈夫かよ』って顔をしている。軽く咳払いをした。
「失礼。ちょっと構想が頭の中で膨らんでしまって…。
 じゃあ読み合わせしようか。今日初めて配ったのでひっかかりは気にしないで。筋と流れを把握する感じで。
 …ヨシプ、分かるな? 皆で台本を読んでいくから、JRの部分は君が読むんだ。
 ト書き部分は、こっちで読む。クロード、いちおう時間測っといてくれ。――――じゃ、行きます」
 掌を打ち鳴らし、読み合わせが始まった。






「お疲れ様です」
 練習スタジオ内の狭い喫煙所で煙草を吸っていると、役者の一人、ジャン・バチストがやって来た。彼は役者の中では最年長の三六歳だ。年齢が近いためか、或いは当人の性格なのか、誰に対しても気負いなくだらだらと話し掛けてくる。
「もう終わったのか?」
「ええ。行くところがあって、一番にやらせてもらったんですよ。一服したら上がります」
 と、煙草をくわえ、火を点けた。並んで壁に背をつけると自然に前の大きな窓から、向かいの建物を眺める形になる。
 多分住居だろう。鎧戸は開いているが、窓にはブラインドが下がっている。
「なんかまた降りだしそうな空模様ですねえ」
「ああ。
 …どうだった? 今日は」
「はい?」
 ジャン・バチストは少しくせはあるが、若い頃は二枚目もやったであろう魅力のある顔立ちだ。体は細身の長身だが、普段の姿勢は悪く、力の入らない飄々とした話し方をする。
「初対面の役者が何人かいただろう。うまくやれそうか?」
「――――アキは…、あれは普通にうまいですね。さすがに国飛び出してくるような子はしっかりしてるなあ。
 独自性とかはまだ分かりませんが、正解を出す能力がちゃんとしてるって感じしました」
「ああ」
その解答も正解だ、と思いつつジダンは頷く。
「でも、あのヨシプ君は何かなあ」
「………」
 彼は全編を通じて、素人丸出しの完全な棒読みだった。またJR役だけに長い台詞も大事な台詞も多い。
 最初は戸惑うばかりだった周りの役者、スタッフ達もついには感情を隠し切れず、彼が喋っている時は呆れた表情でその顔ばかり見ていたっけ。
 デミトリ君など露骨に不快そうな顔をしていた。多分、『俺がやったほうが全然いいよ』とでも思っていたのだろう。
「本当に彼にJR役をさせるんですか?」
「いや、彼は大丈夫だ。今、インプットしてるところだから、本式に稽古が始まるころにはきちんとしてるよ」
「はあ…」
 納得に遠いのも無理はない。ジダン自身もいつか来た道だ。結果を見せる他はない。
「それについては俺が約束するよ。楽しみにしておいてくれ」
「じゃ、そうしましょう」
 社交辞令の後、少し間があった。
「――――…この向かいの建物…」
「は?」
 その時どこかで携帯電話が鳴り出した。今時珍しいほどのオーソドックスな着信音だ。
「あ、失礼。呼び出しらしいので。お先に上がります」
 ジダンは拘らず手を上げる。
「ああ。お疲れ様。また二日後」
「はい。お疲れ様です」
 ジャン・バチストは猫背のままフロアを去っていった。ジダンは留まってぼんやりと、灰色の空の下にうずくまる、古い建物を眺めていた。








 知りたいのは…、LDが最初から知っていたのかどうかということだ。
自分じゃいい音を出してるつもりでいた。
 そうだ、あの男も言ってたな。
上の空で待っていたら、
―――――ろくでもないものが来たって。





第六章 了



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