scene 5
奥に立つ少女役のアキの顔が瞬間、びくりとしたのが演出席から見えた。 血を吐くようなデミトリの声だ。「迫真の」といえば褒め言葉の出だしになるが、それも「演技」と続くならばの話。 「………」 ジダンは唸り声を押し殺して顎を引いた。 演技は飽くまでも演技である。怒りの演技がうまいのと、本気で怒っていることの間には「壁」がある。そのココロは、基本的に二つの領域を混ぜこぜにしてはならないということだ。 デミトリは素でJRと少女に対し恨みをぶつけていた。それでアキがヒくのだ。これは正しい方法ではない。 同時に、ジダンはヨシプの無反応にも水を被ったような気持ちになっていた。 デミトリが絶叫した。一番後ろにいるアキがびくつくほどに。だのに間に挟まれたJR役のヨシプは、微動だにしない。その後彼の台詞があるが、淡々と言われたとおり、同じ様に、やるだけだ。 共演者がどういう演技をしようが、彼にはまるで影響していない。彼は見ておらず、聞いていない。プログラミングされた通り、命令を一つずつこなしているだけなのだ。 それは気持ちの悪いことである。 食卓にマネキンが紛れ込んでいたら誰だって不快だろう。人形と生活は営めない。 彼の演技は、デミトリとは別の意味で演技ではない。未だに「ものまね」の域を出ていないのだ。 彼は演出をつければ逐一正確に覚えて再現する。だが成長がない。人に影響を与えることもない。 人間として手応えがなさ過ぎる。演技以前の問題だ。 ミミは黙ってはいたけれど、やりにくそうな顔をして腰に手を当て、立っていた。当の二人に挟まれているのだ、当然だろう。 芝居は立ち上がっていく。すべきことは決まっていき、転換は整備され、スタッフは手馴れ始める。 しかし、外殻は固まっても、内実はまだスカスカだった。 スタッフの間に流れる空気が微妙になってきていた。裏方は稽古場の雰囲気から役者達の才能を見抜き、舞台の仕上がりを容赦なく予想する。 職人的に決められた仕事をするのが前提とは言っても、やはりそこはナマモノだ。現場がいいレベルを保持している時は、彼らも生き生きしている。逆の場合は冷めた眼に徒労感を漂わせて稽古場から帰っていく。 それは何より明瞭で嘘のない鏡であり、誤魔化すことの出来ないものだ。 ほどけていく稽古場に残ったジダンが、机に肘をついて右の眉を押さえていると、クリスティナがひょいひょいとやってきた。 「どう。役者さんたちの調子は」 「もがいてるのが一人。サボってるのが一人。鬱々としてキレてるのが一人と、萎縮してるのが一人。 あとはマシンみたいな演技の再生機と、ミミ」 クリスティナは半笑いを浮かべる。 「…大丈夫?」 全くだ。 |
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第十一章 了 |
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