scene 1





 ヤコブ・アイゼンシュタットが稽古場に姿を見せた。
二週間ぶりくらいだと思うが、なんだか随分久しぶりな気がした。
「どうだ、調子は」
 聞いた相手とは逆で上機嫌な様子だ。演出席に着いているジダンは仏頂面のまま、じろりと彼を見上げた。口を開き、赤い火炎を吐く。
「全然つまらない」
 ヤコブは笑った。彼は美男子と呼ぶには老けているが、魅力的な風貌の男だ。人の足りない現場では時に狩りだされ、映画の端に映っていたり舞台で台詞を喋ったりする。
「往年の単刀直入さが戻ってきたじゃないか、レスコー主宰。つまらんなら叱り飛ばせよ」
「いいのか?」
 聞いたのは、今二人の前で稽古を繰り広げている中にアキもいるからだ。ふと、ヤコブの表情が翳った。
「アキもつまらないか?」
「大人しい」
「…確かに欧州の役者と比べると全般大人しめかもしれないがな。それが彼女の味でもある」
 ジダンは返事をしなかった。場面は進んでいく。二人は互いに黙ったまま動く役者達を見ていた。
 やがてヤコブが立ち去ろうとする。ジダンは念を押した。
「いいのか」
「…君の舞台だ、ジダン・レスコー」
 一人残った演出は眠そうな目をしていたが、随分経った後、軽く肩をすくめた。それから掌を叩いて稽古を止めた。
 ヤコブは知らないのだろうか。それとも知っているが手を出さないでいるのだろうか。アキは、彼が稽古場に入ってきた瞬間から、一段と萎縮して生気がなくなったということを。
 個性だのといったレベルの話ではない。






<< 戻る fsoj 進む >>