scene 4






 桜の季節だった。
アメリカで会った彼女のことがどうも気になって、仕事にかこつけて日本を訪ねた。
 彼女は上野の森を案内してくれた。桜の季節で、夕方で、あちこちに重たい雲のように花が咲き乱れ、その下で大勢の人がビニル製の敷物を広げ、楽しんでいた。
 花がきれいだね、と言うと、アキは『そうね』と言った。
『でも私、桜の花って、好きじゃないの』
 その頃の彼女はほとんど常に、失望した、鬱屈した表情を浮かべていた。
 家族や友人には本音で話せないらしかった。それなのに二度会ったばかりの外国人のヤコブにはたどたどしくも、思ったことを正直に言う。
 その一貫性のない皮膚の裏に、若さと未熟さと傷ついた不安な魂とが仄かに瞬いていた。



 一体どういうつもりで、こんなふうに咲くのかしら。
 実もつけず、甲斐もなく、
 春がくるまでだれからも見向きされないのに、
 何も考えてない馬鹿みたいに毎年ばさばさ咲いて、
 人を喜ばしてばさばさ落ちて。
 人はその下で気持ちがいいといって騒ぐけれど、
 私には桜の考えてることが分からない。
  

風に灯篭が揺れる桜の森で、彼女は寂しそうに言うのだ。



 私には、桜の気持ちがまるで分からないよ。











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