scene 1





 楽日。フェイがやってきたのを見ると、クリスティナはすぐにジダンを呼んできた。彼はロビーの奥にいて、ヤコブ・アイゼンシュタットと話し込んでいたのである。
 ヤコブとフェイは初対面だったが、互いの存在は知っていた。二人とも礼儀正しい同タイプの人間なので、そのまま問題なく交流へと進む。
 彼らの席も招待なので並んでいた。ラミネートの床の上に開始五分前のベルが鳴った頃、フェイが辺りを見回してふと言う。
「…そういえばあの子は…、アンヌは来ていないのか?」
ジダンはさすがに赤面を隠すのに苦労した。が、彼が
「さっき玄関のところでそれらしい子を見かけたような気がしたんだが」
と続けるのを耳にして表情が変わる。
「…本当か?」
「ああ…。だが、もう何年も会ってないから、本人かどうか確かじゃないが。
 それに一人じゃなかった。なんだかやたら目立つ、金のかかった黒づくめの男と話していたみたいだったが」
「――――『黒づくめ』?」
 その言葉は、それ自体色を持っているかのように、不吉な悪さでジダンの意識の空に影を差した。何故だか全く理解できなかったが、言いようのない不安に呼ばれるように、ジダンは客席からロビーへと急いで帰った。
 狼狽して駆け出していったその姿が見えなくなると、残された男二人は顔を見合わせて苦笑いした。
 やがて定刻どおりに、芝居は開始される。






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