scene 9




 階段。階段。――――また階段だ。
踊り場を抜けても抜けても無慈悲に続くステップに、ただでさえ運動不足のジダンは心臓も足もガクガクだった。
 だが、休憩する心のゆとりはなかった。LDの小気味よいほど硬い足音は淀みなく上へ上へと昇っていき、途中で止まるどころか減速する気配すらなかった。
 彼は、恐らく最上階を目指しているのだ。いや、最上階というよりも、多分――――
…屋上を。
 ジダンの体は汗だくで、息を継ぐのに必死だった。足が利かなくなってきたので鉄の欄干を掴み、腕の力で体を引っ張り上げるようにして何とか先へ進んだ。
 ここが高層マンションでなくて幸いだった。これほど前世紀的な古い建築がいとおしかったことはない。
 喘ぎながら前進していると、上のほうでドゥン… と重い扉が閉じる音がした。あの黒づくめの男。長い黒髪を振り乱したLDは、もう屋上へ着いたらしい。
アンヌを運んでいるというのに!
 それにしても何故、こうもあちこちの扉が施錠されずにいるのだろうか。今時こんな無用心なことでは、自殺者―――――肋骨に、突きたたるような痛みが走って思わず手をやった――――が、後を絶つまいに…。
 ジダンは、張り付くように階段を昇りながら、自分の呼気を獣の唸り声のように聞いた。そういえば自分は高所恐怖でどうしようと思った。
 ついに天井に開く鉄の扉へ辿り付き、体重をこめて押し上げ、空に向けて開け放った瞬間。
髪を乱す激しい風が、ジダンの額の汗を吹き飛ばしていった。








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