scene 10




 屋上。と、言うのに生ぬるいくらいの屋上だった。
大工と聖ニコラウス以外の来客が想定されていないのは明らかだ。屋根裏部屋の天井によくあるように、周囲が垂れていなかっただけ、ましかもしれない。
 一応、平面は確保されていた。しかし柵などといった類は一切用意されていない。
 高所恐怖症を患う人間は、ガラスの壁でも体がすり抜けて下へ落ちるんじゃないかとすくみ上がるものだ。
 ジダンは外へ出た瞬間、もう怖いなんてものじゃなかった。大きな図体で情けなくとも、実際に一歩たりとも、足がその場から上がらなかった。
 しかも、華奢で風に吹っ飛ばされそうなアンヌ・レスコーを胸に抱いたLDが、その端っこに――――――まさに自殺志願者と見分けがつかないような急所へ立っているのを目にして、倍震える。
「のろまの駄馬が!! 今頃ご到着か?! 待ちくたびれたぞ!」
 悪態をつくLDの長い髪と黒い服の裾が、風に煽られて、リチャード三世みたいに劇的に見えた。
 どうやら彼はここで、こんな物騒な場所で一芝居打つつもりらしいのだ、恐れ入った。
 だが、アンヌは役者ではないではないか。
LDとも関係ない。そのはずだ。
 だのに、赤黒い血のこびりついた彼の手は、アンヌの肩をきつく押さえ、彼女はまるで彼の恋人役か主役級だとでも言うように、しっかりとその胸の中へ収められていた。



第24章 了





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