scene 2







 あたら自分を弁護するつもりはない。
確かに、私はずっと逃げ回ってきた。
 恐ろしかったのだ。
まだ死を覚悟できるほど大人でなかった。
けれど愛を知らぬほど子供でもなかった。
 掌に切符はあったが、使い方は知らなかった。
今もまだ、知りかねている。







少女
「その頃の私は、その物語に乗った時、自分がどこへ運ばれていくか、今以上に知りえなかった。
ただ言えるのは、未熟なりに、そこに寝床と死の予感を覚えたということ。
 何と大人達というのは易々と手の内を曝しあい、あっという間に合意を交わし、容易く睦み合うものか。私にはその流れの止め処のなさが恐ろしかった。」






 とはいえいつかは馴れていくに違いないそんな世界の境界線に、ジダン・レスコーは立っていた。
 私はあなたの何なのか、と彼に聞いたのは私だ。私は子供らしい甘さで彼の反応を様々に予想しては、気楽に悩んだり笑ったり予行演習をしていた。
 ところが本当の答えは遥かに衝撃的だった。まさか私の問に、そんな答が返ってこようとは思いもしなかった。
 私は、小説や映画にあるみたいに、もっと単純にアダルトな何か、欲望や世間話と呼応した何かが誘惑的に示されるものと思っていた。
 つまり私はジダンを、なめていたのかもしれない。彼が好色に笑いながら自分の好奇心のよき理解者に、そして都合のいいお相手になってくれるとでも、期待していたのかもしれない。
 ところが出てきたものは、私が意地汚く強い興味を覚えていたものなどより、千倍もとんでもないものだった。
 私は、彼が私に言った言葉をかなり正確に理解したつもりだ。それがそんなに簡単に与えられる言葉でないことも、経験はなかったが、想像はついた。
 大の大人が、一生をかけて望むような類のもの。それを生み出すには、資質も努力も年月も、幸運の助けをも必要とするような、貴重なもの。
 そんなものが、本当に無造作に、全幅の信頼をもって私の目の前に差し出された。そしてそれをどう扱うかさえ、私の自由に任された。
 彼は私を、恐ろしく厳密な意味で大人扱いしたのだ。


 一七歳の私には、とても決断できなかった。
軽くなげうつには価値を知りすぎていた。かといってジダン・レスコーという一人の男の人生を受け取める自信もなかった。
 私は女性達が彼を引きとめられずに苦しむのを何度か見ていたし、なにより、そんな幸運を自らの手で台無しにしてしまった時の代価は、想像もつかなかった。






少女

「考えているうち、私は爪の先まで恐ろしくなってしまった。結句、ひどく無様で一番頭の悪い方法を採ることになった――――。
 私は広がる迷路の入り口を突破しようとせず、くるりと背を向け、彼の元から一散に逃げ出したのである。」






 大人になったら、彼に言えるだろうか。
いつか自分が考えていることを、彼に言えるだろうか。
 唱えながら、詫びながら、指を折るように年を重ねて生きてきた。
 では一体、いつになったら私は大人なのか。
私が成長すれば彼も年をとる。
同じ線に並ぶ日は永久に来ない。



 その答は、年齢にはなかった。
二年が過ぎたある日、ジダンからの手紙によって、彼が未だに、あの苦しい迷路の入り口で逃げることも誤魔化すことも拒みながら、私からの返事を待っていることを知った。




 私は、正直言って痺れた。
対面せねばならぬことを知った。
 自分自身と。その限界に。
それが唯一、彼と対等になる手段なのだと。
 チケットは同封されていたが、その日はどうしても都合がつかなかった。
 それで私は今日、話だけでもしなくてはならないと思い、劇場に、来たのである。
そして今彼は、私の前に、立って いる。









(舞台上で対峙する二人)
(屋上で向かい合う三人)
(耳の奥に風の音鳴って)









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