scene 4





 少女を胸に抱えたまま寝転んで空を見ていた。
 辺りは平穏だった。人が飛び降りたなら起きるだろう騒ぎのかけらも、起きてはいなかった。
 おそらく、体を起こして下を探したとしても、もう何もありはしないのだろう。どちらにせよ今は、目前を流れている時間と少女のことだけで、手一杯だ。
 少女の柔らかい体は胸の中にあった。信じられないほど暖かかった。涙が盛り上がってきた。まぶたを絞って両腕に力をこめると、
「――――あのひと……」
と、アンヌの小さな声が聞こえた。
「…行っちゃったの……?」
「……うん」
「………また、止められなかったよ…」
 彼女はジダンのシャツの中に顔を埋めていた。少し、泣いているらしく、話すほどに語句が掠れた。
「……ほどいてあげたかったのに…。自由にしてあげたいのに……あの人………」
 彼女の背に回した右手を持ち上げ、ジダンは眼鏡を取った。袖で目元を拭い、また鼻の上に載せた後、黙って掌をアンヌの肩に戻す。
 太陽の下で、一四の少女のように丸くなっている彼女の体を抱いているのは心地よかった。実際彼は、他人の体でなくて、過去に生き別れた自分自身を抱いているような気持ちがした。僅かに触れ合う肌は肌に馴染み、大きな温もりの中で、眠気さえ覚えるほどだった。



 だがやがて、少女が口を開く。
「――――ジダン」
「うん…」
「許して欲しいの」
「…何を?」
「あなたから遠く離れることを」
「―――…それが、君の答え?」
「私…」
 胸の上で彼女が顔を動かす。
「生まれた時から不思議とあなたがとても好きだった。考える必要なんか全然ない。自明のことだった。多分、私の名前の中には、あなたの名前が生まれつき刻み込まれてるんだと思う」
「………」
「…だから、どこに行ってもいつかはきっと、最後にはここに帰ってくるって予感がある。…予感じゃないね、確信みたいなものが――――」
「……うん」
「でも、迷いたいの。あなたが遊び、迷い、苦しんだように、私も、世界を体中に浴びて、時には怖いこともしながら、惨めな失敗もしながら、自分の力で…、自由に生きてみたい」
「…どこに、いくの?」
「ボストン。今日はそれを伝えに来たの。…許してくれる?」
「―――――…」
「それでも私のことを愛していてくれる?」
 ぎゅっと力のこもる手に、ジダンは息を吐き出すようにして、笑った。
「…前に言ったよ。僕は」

君が、君の望み通りに生きていくことが僕の希望だと。

「キスしてもいい?」









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