L'inutile
ファッション三部作


[ 第一部 ]



「ヨシプよお、お前ほんといつも格好ダサいよな。バザーで10年前くらいに流行った服のお下がりを見つけて来ちゃそれだけで済ます大学生とかいるけど、それに近い格好だぜ。
 東欧人まるだし! せっかくパリにいるんだ。もっと格好つけろよ! 女にもてないぜ!」

 テレビにも出てて、わりとピカピカしたラテン系の格好でいる俳優仲間からそのように言われたヨシプは、彼がいなくなった後、珍しく不満のありそうな頬でデミトリに言った。
 あんな全身チ○コみたいな服は嫌いだ。
 デミトリはエヴィアンを吹いた。




「まあしかし、笑ったけれども。伊達男くんの物言いももっともだよねえ」
 後日、デミトリとアキは言い合った。彼らは互いによく喧嘩するくせに何かとつるむ仲だったが、今日も一緒にヴァージンメガストアでCDを見つくろっていた。
「あいつの着てるの大抵ジダンのお下がりだもんな。いくらなんでもおっさんくさいよ。ヨレてたり型も古いことが多いし。田舎の実家からの通いかって雰囲気だ」
「そこそこ似合ってるけど、無精な感じは否めないわよね。悪いことに体型が同じだから、ほっといたらいつまででも同じの着てるわよお」
「髪の毛もボサボサだしなー。今度の誕生日プレゼント、リナ・ホーンもいいけど服にするか?」
「あ! それいいかもね! 皆に声かけてさ、フルコーディネートしたものを、数人で一点ずつ分担して買ってあげたら面白くない?!」
「あ?」
「だから皆で上から下まで揃えるの! で、メイクのシーファーに協力してもらって、その場でセットもしてお披露目会したら面白くない?!
 キャー。そうしようよそうしようよ! そういうことならあたし、みんなに連絡取るから!」
「え……」
 そんなテレビっぽいおおごとにするつもりもなかったデミトリが目を丸くしている間に、アキは勢い込んであっちこっちに連絡し始める。かける先かける先で盛り上がるらしく、一度などは受話器越しに黄色い声が聞こえてきた。
『それ絶対やろう! 絶対やろう! うひゃあ!』
 どうして女ってのは着せ替えショウが好きなんだろね。
 地味な俳優さんであるデミトリは呆れた顔で、CDをレジへ持っていった。





 で、ついにやってきたその日、ヨシプは舞台が終わって衣装を脱いだと思ったら、数人に強いられて別の衣装を着させられた。そして、変に目を光らしているメイク担当のシーファーに、ヘアワックスをぐりぐりと塗りこまれた。
 用意された服は、それほど派手でも高級でもないが、シンプルかつエレガントという昔からあるパリの美徳にそった細身のスーツで、新着の春物なので色も明るかった。
 店員の弁によれば、程よく流行を取り入れた、清潔でおしゃれで品位と教養と小金のある色男用の服だそうだ。
 それらを身につけ、ねこっ毛を膨らませ、思い切りサイドからサイドへ切り返した髪型で現れたヨシプを一目見ると、ケーキを取り囲んだ仕掛け人一同は拍手も忘れ、絶句した。




 一分ほどの沈黙の末。
「き――気持ちわ……!!」
 そういう口をアキが必死に押さえた。
「ちょっ! ……それはさすがに失礼でしょ。で、でも、うわあ、ヨシプ……!」
「お、お前……」
 デミトリまで顔面蒼白だ。
「空の石炭袋……」
 何を言っているのか分からない。
 これはまずいと思ったか、前に服装を改めろと言った伊達男くんが歩み出て、ヨシプの肩を抱き、胸をむやみと叩いた。
「いや! 誤解するな、ヨシプ。似合ってる。すごく似合ってるよ!」
 冷や汗をかいていたが。
「でも俺が悪かった! やっぱお前は東欧系のイモでいいわ! めかしこむのは舞台の上だけでいいんじゃないかな! えーとなんか……こうさ、あー。……破滅的だから」
「…………」
「ヨシプ、悪いこと言わないから、あんたそれ、他の持ってる服と組み合わせて着なさいよ。そのままの格好で道歩いたら、絶対ただじゃすまないから! なんかこう……、車に轢かれそうな感じがする!」
「あ、あたし達はあなたのこと知ってるからいいけど、知らない人が見たら絶対誤解するよ。なんかねとにかく、大事なバランスが崩れてるのよ!」
「パーティーガールのとりまきみたい……」
「若死にしそうなホモっぽくもあるよね……」
「こらっ!」
「…………」
「と、とりあえず乾杯しよ! 誕生日だもん。乾杯しよ! はい、みんな、かんぱーい!」
 最後までされるがままだったヨシプは、そそくさと進む式次の中で本当に珍しく、かなり気分を害したような顔をしていた。
 俺が何をしたって言うんだ。




 それ以来、彼は中学生みたいに、服装の話が出るとどっぷり不機嫌になった。ほんの親切心からでも、相手が彼の服装や身だしなみについて一言でも言おうものなら、頬を膨らまして応対し、当初の目的とは裏腹に、ますます無精な姿になっていった。

 ところでジダンはもらってきた服をちょっと気に入って、俺が着てみようかなあなどと口にし、アキに冷たい目で見られた。




(了)


第二部



「あらー、いらっしゃいデミトリ。いいわよ、入って入って。体調? ええ、順調よ。今朝もボコボコお腹蹴ってる。
 ええ、ミミさんは初産の時からほとんど悪阻なし便秘なしトラブルなーし。そういう人もいんのよ。でもめんどいからお茶作ってくれる? アッサム。
 ……何言ってんのよ、妊婦がアッサムだって言ってんだからアッサムよ。刺激物? 知ったこっちゃないわ。
 まーでもさすがに不便よね。安定期に入ったとは言え運動はできないし、ヨガくらいで、退屈だわー。 ……え? やあね、してないわよスクワットなんか、ちょっと屈伸するだけ。……冗談だってば。
 ――はあ? 編み物ぉ? あたしがするわけないでしょー? どうせしたってストレスが募るだけよ。うまくできないに決まってるもん。第一それはウチではダンナの役目なの。
 いいじゃない。得意な人がやるほうが。私は壊し専門なの。
 ――ほら、最近ごみの分別がうるさいでしょ。ばらばらにしないと正確に別けられないものとかあるでしょう。そういうのは得意なのよ。
だから今も、これ!
 ……見りゃわかるでしょうが、ブラよ。古い下着を処分しようと思ってさ。でもまんま捨てて馬鹿があさったりしたら嫌だから、それも兼ねて分解。
 もうちょっと早くくればよかったわね、デミトリ。ちょっとまえまでショーツ切ってたの。性的倒錯者の気分満喫だったわよー。ウフフ。
 それにしても下着ってやっぱり消耗品よねー。お気に入りほど傷んじゃう。このブラなんかすごく好きだったんだけど、今はもう同じの売ってないのよ。しかもお世話になった分だけバラバラにして棄てなくちゃならないなんて、残念。
 ほら見て、ナチュラルでしょ。ランジェリーは別だけど、普段使いの下着はやっぱナチュラルが一番好きよ。は? あんたもナチュラルが好き?
 ……それはなんか逆にエロっぽいわね。はいはい、冗談だってば。ムキにならない。
 あははは。あなたって本当に単細胞で融通が利かない男よねえ。ハゲるわよ?
 まあ、実際男の人の好みも色々よねー。絵に描いたようなフェティッシュな下着が好きな男もいるし、形もそうなら色だって地味好み、行き過ぎて前時代のもったりしたのが好きだって男もいるし――、私の意見じゃナチュラルが一番だけど。
 ……あんもう……、硬いなあここ……。もうちょっとで出るのに……。よし、見つけた。さあ、でておいでー」


「……あらやだ。何おどろいてんのよ。ワイヤーよ。ブラのカップを下で支えてるワイヤー。これ取らなきゃカップの細切れできないじゃない。
 は? 見たことなかったの? そんな厚い鉄線が? え? これくらい普通サイズよ? 言ってるでしょ、ナチュラルテイストだって。
 ……はっ。馬鹿ねえ。だから『ナチュラル』好きの男は始末が悪いのよ。女の『ナチュラル』って言葉を真に受けてごらんなさい――男なんかみんな奴隷にされてしまうわよ。
 あれだったらそこにもう一個ハサミがあるから、あなたもブラの分解してごらんなさい。化学物質顔に塗りたくってビタミン剤を飲みながら、女がどんな『ナチュラル』を生きているか――。
 修行になるわよ。ダンナが帰ってきて、どんな顔するかしらないけど。
 ――あはは、赤ちゃんも笑ってる」



(了)


第三部



 ヨシプもジダンも知らなかったのだが、マレ地区にあるその食料品店の軒先は、シャネル専属モデルのジル・アッシュがスカウトされた場所として、モデル志望の男女の間では有名だったらしい。気まぐれな秋雨に困って雨宿りしていた彼女に、モデル事務所の人間が声をかけたのだ。
 その日ヨシプは、人に会いに行く途中で、ジダンの命令で前にプレゼントされた春物の細身のジャケットを着ていた。それがよかったのかどうか、彼も見知らぬ男から仕事が欲しくないかと名刺を渡された。
 自我はなし。あるのは風貌のクセと奇妙な雰囲気だけで、マネキンみたいな彼にはある意味似合いの仕事なのかもしれない。
 一ヵ月後、宇宙と交信中って表情でシックな衣服をまとい、張り出しの舞台の上を歩く彼の姿を見たクリスティナが、ふっとため息をついてジダンに言った。
「――なんかこんなことになるんじゃないかって気がしてたのよねえ」



(了)


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