L'inutile
おかしな日





 その日は朝からなにか変だった。ひどく寒い日で、昨夜の雪が路上に溶け残っていた。
 ジダンは携帯の電波の調子が悪いので難儀していた。仕事の相手と話そうとしても、頻繁に雑音が混じる上、すぐに切れてしまう。
「だめだこりゃ」
 業を煮やして相手のオフィスで会うことにし、昼前に外出した。



 ヨシプはオフの日で、寒さのせいか普段にも増してぬーぼーとしていた。牛乳でべしゃべしゃになったシリアルをのろのろ食べ終えると、居間のソファにうつぶせに横たわってほとんど動こうとしなかった。テレビさえつけなかった。トイレに立つ時も、風邪をひいた動物園の獣のように、すべての動作が緩慢だった。
 それなのに午後になって、シャワーも浴びずに適当な格好でふらりと外出する。一段、一段と足音を道連れに階段を降り、アパルトマン前のなだらかな道を駅に向かって下っていく姿は、まるで溶けた泥水が流れていくようだった。





 彼もこの界隈に住んで長い。
挨拶をくれる知り合いもいい加減増えていたが、その日に限っては誰も近づいてこなかった。
 平日の昼間だ。地下鉄の駅構内もがらんとしていた。うすぐらい駅の隅にいがちな胡散臭い男達の姿さえ目に入らない。
 ただ冷え冷えとした空気と風のうなりだけがそこにあって、おまけにヨシプが近づくと、天井の蛍光灯がはたはたと瞬き始めた。
 ヨシプは大して考えている様子もないまま、到着した電車でだいぶ移動した。電車の中もやはり閑散として、いかにも寂しかった。
「今日は特別静かねえ――」
 車内で、老婦人が連れに呟く。
「お墓の中みたい」




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