L'inutile
ガス爆発
今はネットで何でも手に入る時代だが、ジダンはふるーい人間なのでこういういかがわしい店に入っていくのが好きなのだ。 「ここ、ほんと昔からあってなあ。大学時代に既に老舗で、俺も先輩から教えてもらったんだ。信じられるか? 大学入学当日にだぜ? アンヴァリッドにもサクレクールにも行かず、アダルトビデオ店に直行だ。『我が学部生達は二十年来ここにお世話になっている。君らも続け』って。 いっやー、恥ずかしかった」 インターネットには、ダウンロード作品が目白押し。ファイル交換ソフトで素人さんから老婆のアレまで入手できちゃうこのご時世。 それでもまだ昔と同じとおりに、地上に店を構えていられるここの品揃えは、確かに半端ではない。 VHS時代の作品で、デジタル化され損ねているものはもちろんのこと、昔懐かしいベータテープの中古商品までかなりの量が揃っている。 さらに女優のサインの入ったブラジャーのついたプレミアものだの、かつて(男達の間で) 一世を風靡したヒット作品だの、誰かが手放した海外ブランドの中古なんかもあって、ある意味で全然別ものになっている店とも言えた。 ジダンもそろそろこういうものを実際に使用する年齢じゃないのだが、ここに来るのは別だ。大きな図書館を訪ねる楽しさに似ている。古いビデオの時代がかったタイトルの下で微笑む女の顔を見ているだけで、生ぬるく幸せな気持ちになるのだ。 そんなわけで客層は大抵四十以上の男達だが、まれに恐ろしく若い子が混じっていた。きっと六〇年代やら七〇年代やらの文化が好きなタイプなのだろう。 とは言っても、実際経営は大変らしい。 「場所がちょっとでも悪かったら間違いなく潰れてたな。この立地を選んだ親父の勘には感謝してるよ」 レジで商品を打ちながら中年のハゲの店主が言う。 「元来入れ替わりが激しいもんだしね、こういう店は」 「またそれに加えて近頃の若いもんと来たら、あったかい安全な場所で、クリックひとつ。ぬくぬくと悪いものを味わいやがるからな……」 「そりゃ今はそれができるからねえ。俺も昔はそうしたかったよ?」 ヨシプを連れて堂々と店を案内できるほど厚顔な年齢になるまでは。 ところが店主は笑う彼をキッと睨んで言う。 「馬鹿言え、ジダン。こういう業のつまったつまらねえ商品はなあ、顔をさらして危険を冒して現金で買わなきゃ駄目なんだ。そうじゃなきゃひたすら下等な気晴らしさ。やったらそれでおしまいの。遊びってのは、ハードルが高ければ高いほど、ルールが厳しければ厳しいだけ面白いし長続きする。道もできる、奥行きも出る。 ところが今の若い連中は、自分を投げ出して遊ぶ術すら知らないんだ。知ってるのは身を守ることだけ。逆にひとたび安全と見ればどんなものにでも手を出しやがる。ファイルを無限にコピーして荒稼ぎする連中が、自分達を密室の猿にしてるってことに気付いてないんだ」 昔からこういう人なんだ。 と、ジダンは隣のヨシプに目配せする。 哲学めいてると言いますか。 「そういやお前、最近ベルヴィルに出入りしてるんだってな?」 店主は太い腕をカウンタについて続ける。 「ああ。今の稽古場がそこなんで……」 「あそこにゃ違法商品を出してるオンラインストアの倉庫兼工場があるって話だぞ」 「工場?」 「つーかパソコンが並んだただのマシンルームだよ。窓口になってる場所に注文が入ると、工場のほうでDVDに焼く。で、配送は窓口側からするんだ。摘発されにくいように場所を二つにわけてるのさ」 「ああ、なるほどねえ……」 「かなり流行ってるって噂だよ。ったく、いまいましい!」 ところで帰り道、ヨシプに感想を尋ねると、「アメリ」ばりの答えが返ってきた。 「あれさあ、作品につき最低一回は、女なりが、やられちゃってるわけでしょ」 「ああ、そうだな」 「だったら、あそこに五千本作品があったら、五千回はアレが記録されてて……。一人の女優さんが五本ずつでてると計算しても、女が千人? ……なんか、そんなに繰り返し繰り返し、何人も何人も、奥さんでもない女をやらなきゃ気が済まないのか俺達は、と思って」 「……」 済まないだろう。 だって店は世界にあそこ一つじゃない。 ビデオの総数だって五千本じゃ足らない。全然足らない。 そのうえ、男が使うのはなにもビデオだけじゃない。写真もあるし、生身の場合だってある。それどころか二次元の場合だって…… 「そう思うと、俺らって、ほとんど種ごと、地獄ゆきだね……」 「そうね……」
◆ 二週間後のことだった。ベルヴィルの稽古場近くの建物でガス爆発があった。道路に面した賃貸マンションの二階で、誰かがポカをやったらしい。 爆発の瞬間、稽古場までどおん! という激しい音と地響きが届き、当然稽古は放り出された。 慌てて通りに出てみると、現場の前は車も立ち往生して騒然としていた。道路の上に破裂した窓ガラスの破片と、夥しい量の紙と、DVDのケースが派手に散らばっている。 通りがかった人々は唖然として、ひしゃげた枠だけが残る二階の窓を見つめていた。 その時、 「――う、これ、アダルトじゃないか……!」 デミトリ君が狼狽したごとく、確かにそれはあられもない姿の女性達が色んなポーズでプリントされたアダルトDVDのパッケージだった。どれも同じ作品だ。散らばっている紙も全部、チラシやらなにやらそれ関連。 『ベルヴィルには、倉庫兼工場がある。』 ハゲの店主から聞いた話が脳裏に蘇ってきて、ジダンとヨシプは思わず顔を見合わせた。 さすが倉庫。山だ。 DVDパッケージの山だ。 ひどいさらされようだった。隠しようもなく、お天道様の下に撒き散らされた男の性欲処理のための商品。 驚いたような顔の子ども。女達の冷やかすような視線。 ふいにジダンは、机の中身をぶちまけられた中学生のような、猛烈な身の置き場のなさに襲われた。遅れてひょろひょろと舞い散るチラシを見ると、男として泣きたくなった。 デミトリ達も、似たような気分だったらしい。赤面する彼らの耳に、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。 なんともいえない沈黙と苦笑のなかで、数人が散らばったDVDを拾って逃げる。
(了)
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