L'inutile
わるいひとたち





 バカバカしい出費だったけれど、タクシーで家に戻ってきた。
 服に変な煙のにおいが染み付いていたが、彼はマフラーも取らずにそのまま食卓に座り、それから、じっとしていた。
 まるで、怪我をして保護された鳥が、人間の愛想に関せず、心を閉ざしたまま檻の中で木に止まっているように。
 彼は目も閉じず、黙って暗闇を見つめていた。



 何時間、経ったのだろう。
やがて単なる偶然か、それともそろそろ老人性の早起きか、ジダンの部屋の扉が開いて、彼が寝間着姿のまま、現れた。
「寒いだろうが。お前……」
と言って、ストーブをつける。それから傍のちいさな明かりをつけた。赤みがかった白熱球の熱が、ぼんやり部屋を照らす。
 ジダンは、ヨシプの態度と光る目。それに彼の衣服にまとわる匂いから何かを感じたらしい。彼の横に立って、腕組みをした。
「……どうした? 珍しく言いたいことでも、ありそうなツラだな」
 かなり経った後、ヨシプの口が、動く。
「……あれ……」
そして黒い瞳が、ジダンを見つめた。
「なに?」




 ジダンは、ZTVに関わると聞いたときから、彼がどういうものを目にすることになるのか、大体見当がついていた。
 彼も一時、その業界にいたことがあるからだ。あそこの評判は聞いていた。
 ただ、いくら彼がかわいくても、永遠に、ある現実を見せないわけにも、いかないだろう。
「……なにかっていうと……」
 ジダンは自分の髪の毛をかき回す。
「――悪いもの」
「…………」

 無知で蒙昧。恥知らず。無礼。無反省。腐臭を放つ、思い上がり。
 弱い人間を傷つけて喜ぶ。自分の頭脳で悪いと分かっていることを、敢えてやる。他者のそれに加担する。
 自己愛と、果てしない意志の弱さ。
だらしなさ。知性の放棄。

「馬鹿とは違うぞ。馬鹿ならな、俺も含めてどこの世界にも大勢いるけれども。あれは――、悪い。ただそうとしか言いようがない。
 勘違いした人間の、『悪さ』だ」
「…………」
「分かったか?」
 するとヨシプは、こくんと頷いた。彼らしく、その表情には道徳的な怒りとか、不快感とかそういうたぐいは一切浮かんでいなかった。
 ただラベルに書く言葉が分かってよかった。そういう児童の顔だ。
 ジダンは薄明かりの中で滲むように微笑んだ。
「……じゃあ、それを目にしたとき、俺達が何をしなくちゃならないかも、分かるな?」


 我々は道徳家ではない。教師ではない。政治家ではない。警察ではない。
 ジダン・レスコーは劇作家、演出家であり、
ヨシプ・ラシッチは――
 役者である。





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