L'inutile
かっこ兄さんの母さん





 十八歳で出産。珍しいことじゃない。だがお袋の場合はとんとまともじゃなかった。父親(祖父)はアル中で、母親(祖母)もイカれてた。お袋は父親にいたずらされそうになって家を出た。家出先で身ごもった。


 そんなだから、お袋もおかしい。
不安定で破壊的な人間関係しか築けない。俺のことは愛してくれた。だが、それもまともじゃなかった。
 愛して愛して愛してくれたが、下心があった。
子どもの頃から気付いていた。母は息子が、自分の白馬の騎士になってくれることを期待していたのだ。


 母は男の必要な女だった。派手な服装で、いろんな男の間を渡り歩いた。感情が定まらない人間で、好機嫌から不穏へ、恐ろしく幸福な場所からどん底に落ちるまでに一分と必要なかった。
 怒りの爆発が起きると相手を罵倒したり喧嘩したり自傷をしたり、とにかく嵐が来たような騒ぎになる。
 当然交際は長続きしない。数ヶ月もてばいいほうだ。
 そんな母にとって、俺は最高だった。
最高に好都合な存在だった。
どんな行動をとっても離れていくことのない異性。
 この子だけは、自分のものだ。失われることはない。
 だって血のつながった、家族だから。





 実際に子どもの頃、俺はお袋の精神状態のことばかり考えていた。彼女と一心同体であることを求められ、そうでないと責められた。おふくろの機嫌がよくなるようなことは何でもした。毎日必死だった。
 それでもどうせ嵐は来た。そうなれば悪いのはお袋ではなく、俺なのだ。お前が悪いと八つ当たりされたことは数知れない。
 俺は子ども時代、とにかく罪悪感を抱いて生きていたという記憶しかない。




 やがて思春期になると、俺のお袋に対する感情は、激しい憎悪に変わった。
 前々から気付いてはいたが、自我が整うにつれはっきり認識したのだ。
 こいつは自分のことしか考えていない。
こいつは邪悪だ。
息子である俺を、骨までしゃぶりつくすつもりだ。




 見たことも聞いたこともなく、食ったこともない平和な家庭に焦がれながら、俺は懲り懲りして絶望を選んだ。
 家族なんて、こんなものなのだ。所詮他人の寄り集まり。他者の業から自分を守りたいなら、逃げるしかない。と。
 俺はお袋を遠ざけ、手には乗らなくなった。
彼女が息子の注意を引くために泣き喚こうが自殺の真似事をしようが救急車で搬送されようが、冷たくあしらってどんどん遠ざかった。
 奪われた人生に対する復讐だったから、容赦はなかった。歪められた人生を抱えながら、俺は決意していたのだ。この女の仕打ちは決して許さない。母を憎み、捨てよう。
 一緒に子どもっぽい希望も捨てよう。
俺は家族など持たず、孤独に生きよう。
だって利用されるのは、もういやだ。





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