L'inutile
自然




 マチルドは騒ぎをまったく知らなかったから、遠慮をすることもなくヨシプに電話した。ヨシプのほうももちろん事情を話すことなく、ごく当たり前に対応した。
 ジダンは居間で、本を読むふりをしながら横目で彼の様子を伺っていた。
 こんな時なので、電話は果てしなく長いように思えた。時々マチルドの高い声が受話器から漏れ聞こえた。
 彼女は彼女なりに日常の中で腹に据えかねることなどもあって、元気に怒っているらしい。彼女からは週にいっぺんくらい電話が来るが、ヨシプはいつも聞き役だ。
 ジダンは彼が、髪の毛を触っているのが気になっていた。空いたほうの手で耳の上を掻いている。
 まっとうなくせと言えばその通りなのだが、今日はその動作がいつもより長く、執拗だ。
「――ヨシプ」
 やめろ。と目で訴えると、彼はやっと手を止めた。それから自分でも意外だというふうに爪を見た。
 電話が終わると彼はのっそり部屋へ引き上げていった。
 ジダンは下手くそな演技をとうとうやめて、額に手をやった。久しぶりに本式のため息を吐いた。




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