L'inutile
32.心配







 アキの出演するデミトリの劇団公演は無事初日を終え、順調に興行を続けていた。
 デミトリは世話好きの本領を発揮し、あちこち飛び回っては気を配っていつも自分の準備がギリギリになるくらいだったが、最後に必ず、アキの楽屋のドアを開き、首をにゅうと突き出して尋ねる。
「アキ、大丈夫?」
 もう準備万端終わっているアキは小さく笑う。
「ええ。大丈夫」
 にゅうと首を引っ込めてやっと楽屋へ戻っていくデミトリに、アキはいつも申し訳ない気持ちで、胸中、頭を下げていた。
 ミラの誕生日が終わって一週間。さすがに、もう大分冷静になっていた。
 が、その分、思考は回る。忙しい彼に、余計な心配をかけてしまったと考えては自分を責める。
 こんなつもりじゃなかった。デミトリが大事にしている劇団に客演する以上は、立派な仕事をして彼の役に立ちたかったのに。
 プロ意識も忘れて、こんなひどい形で迷惑を…。
 アキは自分を許せずにいた。幕開き直前までいつも鏡の中の自分を睨みつけていた。そうやって集中力を高めていたおかげで、日々の公演はほぼノーミスで乗り切っていたが。
 そして今夜はその緊張がさらに二倍増しになっていた。何しろ、今日は客席に「彼」がいるのだ。
イタリア帰りの怖い怖い、ヤコブ・アイゼンシュタットが。




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