14.不明の独白









 カウンターの隣に女がいる。
女がいると、独特の気配がする。我ながら気持ち悪い。自分は性異常者なのかもしれない。犯罪は今まで犯したことがないが――――。
 女の気配が俺を呼ぶ。俺はバーの壁の絵を見て、彼女はダンススペースの方を見て、互いに背中を向けているのに、誘惑が後ろの髪の毛を根元からずっと引っ張っているような感じがする。
 いや待て。これすら自分の思い込みかもしれない。俺が異常者予備軍なら、それは当然ありえることだ。試しに相手を見てみよう。何も知らない横顔なら、間違いなく俺の妄想だ。
 ――――――?
俺はちらっと見て、気付かれないうちに視線を戻す予定だったのに、驚いてそのままじっとその女の顔を見てしまった。
 男だった。長い前髪を下瞼まで垂らした男だ。女だと思っていたのに…。
 それでは一体自分は何にそそのかされていたのだろう。ようやく視線を取り戻してそう思う。
 「いた」んじゃない。今もそうだ。襟足を細いものが引っかいていくような、ちりちりして甘ったるく不謹慎な思いが喉元にある。女でも、男でも、どちらでも関わりなく相変わらずある。
 …一体これは何だ? 何が俺の周りにまとわりついて、俺にいたずらをしているのだろう。
 いよいよ妄想か。そもそも変だ。さっきから何度も甘い酒を舐めているのに、どうしてこんなに枯渇を覚えるのだろう。
 気配が腕に触れた。いやさ、男が手を触れたのだ。俺は彼の目を覗き込む。今日こそ気配の正体を突き止めようと。



瞳孔の中を音もたてずに退いていく。
俺は必死になってそいつを捕まえようとする。
子供の頃から俺にまとわりついていた、
その目的を知りたいのだ。
気配は血液の中にもぐりこむ。
ああそうするともういけない。
分岐ごとにちりじりに散って、
そいつは今日もまた俺を振り切ってしまう…




 ふと気がつくと、男は俺の下で脱力している。俺は素直に失望する。気配はいなくなってしまった。
 今日も分からなかった。捕まえられなかった。そいつはまたやってくる。俺を駆り立てにやってくる。
 どんな天使がこんないたずらをするのかしらないが、俺はそのうちぶっ壊れる。厚生局にとっ捕まって鎮静剤を投与されるのも、そう先の話ではないだろう。








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