27.不明の独白2









  カテドラルに入り込んで、一月と半分が経つ。
今のところ俺の評価は、悪くはないようだ。
勿論問題行動を起さないよう意識して振舞っているためだが。
 カテドラルはスコラとは違う。
内部に入ってさすがに管理システムはよく出来ているものだと感心した。これでは細工は出来ても、以前のように発見されないでいることは極めて難しい。しかも今回の相手は、人間ではない。そのほとんどが5470だ。
 一度細工が発見されれば、容赦なく情報から遠ざけられ、行動も重度の監視対象になるだろう。もしもやるのならそれなりの覚悟で、徹底的にやらねばならない。
 カテドラルでは二度目は決してやってこないだろう。 圧迫的なことは何一つなくても、それは何となく分かる。
 ゲオルギウスはきれいなだけの伊達人形ではないのだから…。
 初めてカテドラル入りしてあれに対面した日――――――。朝からずっと俺にまとわりついていた「気配」は、ゲオルギウスを見るや否や、俺の脊髄の間に前触れもなく針を突き通した。
 めきめきと背がしなる感触と共に全身に電流が走り、俺は飛び上がりそうになった。
 様子がおかしかったのだろう。ゲオルギウスは怪訝な表情を浮かべて、「どうかしたかのかい?」などと言った。
 俺は吹き出す汗を悟られないように、何でもありませんと言ったが、あの時の悪寒は、未だに忘れられない。
 一体何故…、気配はあれを憎むのだろう。
そう。あの時骨の髄まで伝わってきたのは、信じられないほど深い憎しみだった。気配はそれをゲオルギウスに向ける代わりに何故か俺に向け、その強さを刻み付けたのだ。
 その理由も、どうして気配が俺にまとわりつくのかも分からないまま、あれは俺に、決断を迫っている。
 ――――――二十七日後、年に一度しかない、ADAMの停止を伴う保守作業が予定されている。作業自体はありきたりなシステムへの修正情報の適用でしかないが、その反映に再起動が必要な為、システムの完全なdown/upが行われる。
 基幹システムがダウンすると、その間5470は普段のような複雑で臨機応変な行動を取ることが出来なくなる。ソフトフェアの介在がないため、彼らの行動に不可欠なデータベースにアクセス出来なくなるためだ。
 勿論、その時間は十五分と限られたものだが、その間の作業は人間が行うことになる。修正情報を適用し、適用後の作業を行い、システムを終了し、再び一から起動する。正味三十分ほどの、厳しい作業になるだろう。
 …だがここでなら、ゲオルギウス並に権限の強力なユーザーIDを一つ、ログを残さないでシステムにもぐりこませることが可能かもしれない…。
 ……作業用に与えられたユーザーIDでは、表示が許可されない情報が多すぎる上、ログオン・ログオフ情報が全て記録されてしまう。だが管理者級の権限を持ったIDなら、そういった記録を制御することも可能だ。
 …俺は、カテドラルが隠しているものを見たいのである。見ていることを悟られないところで、見たいのである。
丁度、ゲオルギウスがそうするのと同じ様に。
 ―――――何故かは。
分からない。
 あえて言うなら気配が、
ADAMを触っている間中俺に、
…今も、
あのたまらない感じを送ってくるからだ。
 服を脱ぎかけた相手のように、
俺の手を引いて自分の胸元に導くからだ。

どうして、知らなければならないのか。
なぜ閉じられた扉を開かなければならないのか。
その答えも全て、ここにあるよとそれは囁く。
どうして自分がずっと長い間あなたにまとわりついて、
あなたを唆し続けたのかそのこともみんな分かる…。



 …もうすぐ夜が明ける。
決断の為の日数が、また一日、減ってしまった…。









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