43.窓際の少女







 やっぱり、これのせいだと思う。
エテルこれ嫌い。
こんなもの、別にいらないもの。
いらない、別に。


 気持ち悪いし。
ぐしゃぐしゃになるし。かゆいし。
ああ、気持ち悪い。
爪と肉の間に、へんなのが入るよ。
気持ち悪い。かゆい。かゆい。かゆい。


 あ、血が出た。
ぬるぬるする。気色悪い。もうやだなあやだなあ。
ぶち殺してやりたいくらいあたし嫌いだなあ。
叩き落して足で踏み潰してやりたいよ。
嫌い嫌い嫌い。
死ね死ね死ね。
死げあたし、死ねあたし、死ねあたし。


……ヌクテ、帰ってこない。
帰ってこない…。
これのせいだ。
これを見るまでは、ヌクテ、あたしのこと好きでいてくれたもん。
キスしてくれたし、お乳も触ってくれた。
これのせいだ。
これのせいだ。
あたしこれ、嫌い。
好きなのはヌクテなの。
ヌクテの手なの。ヌクテの目なの。ヌクテの息なの。
知ってる? ヌクテって重いんだよ…。


 ああもう、やになるよ。
終わんないよ。
抜いても抜いても。
血の付いたの、気持ち悪いよ。
寒くなってきたよ。
なんでかな。
部屋も暗いし…。
なんでだろ。
なんでだろなんでだろなんでだろ。
なんであたしこんなに寂しいんだろ。
お腹すいて来ちゃうよ。
もう、死にたくなってきちゃうよ…。


「エテル!」
 あれ、どうしたんだろ、あたし。
寝ちゃってたのかな。
大きな顔がある。
大きすぎて分かんなかったけど、
大きな顔は、カナンだ。
この人、知ってる。
ヌクテのお友達。
「何してるの?!」
 カナン言うけど、とても一言じゃあ説明できないや。
すごくすごく長い話になっちょう。
長い話になっちゃう。
「…カテドラルで閣下にお勉強見てもらってたのー。数字と文字とお絵かきで、数字がすごく難しくて大変だったんだけどね。でも閣下は怒らなくてエテルほっとしたんだけどね〜…」
何か指が両方とも真っ黒けになってる。
なんでだろ。赤くて黒いの。
「…で〜、やっと外に抜け出してきたの。本当はあんまり抜け出しちゃいけないんだけど、エテル知ってるんだけど…」
 カナンはびっくりしたみやいな顔して、じっとあたしの話し聞いてる。だから早く話さなくちゃ、早く話さなくちゃ、と思ってがんばったんだけど、ちょっと早口になっただけだった。
「だから下のところそっと抜けて、見つからないように入ったの。見つかっちゃだめだから〜。
 で、ヌクテの部屋に来たんだけど、ヌクテ…。
ヌクテ…い…」
 急に、ぐわーんって、あたま叩かれたみたいに、悲しくなりました。
 お腹の方から、痛いような気持ちいいようなすごいものが持ち上がってきて、鼻につーんってしました。
「ヌクテがい、ないよ〜!」
 顔が痛くなって泣きました。ものすごく悲しくって泣きました。
「いないよお。いないよおぉ、いないよぉ!!」
 その時、二本の腕が海の間から伸びて来てあたしを水面にさらって行こうとしました。
 逆らおうかな、と思った時、カナンがあたしを抱きしめてくれたんだ、ってことが分かったから間に合ったよ。
 あたし知ってる。大きな胸の中にいるのってお布団の中にいるよりももっと気持ちよくてもっと眠たくなるの。そんで強い方の人も引っ張られたり重たかったりする方が楽しいお。
 だからあたし思いっきりカナンにぐったりしたよ。カナンはずっと一緒にいてくれたよ。



 発見したことがあるの。
お友達だから、そういうの無いのかと思ってたけど、
近づいたらあるんだ。
やっぱり、ふわふわした感じとか、ぬくぬくした感じとか。
あるんだあるんだあるんだ。
何か嬉しくなっちゃうな。
あたし分かっちゃったことがある。
エテルはヌクテが好き。
でも多分カナンもヌクテが好き。
だからカナンはエテルも好きで、
エテルもカナンが好き。
みんなしあわせなの。










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