古い話で恐縮ですが、西部地区の昔の神話に、偽善について戒めるエピソードがあります。若いラビの教訓は実に簡単で、彼は姦淫の罪を犯した女を石で叩き殺そうとした人々にこう告げるのです。
 もしあなたが今までに一度も罪を犯したことがないのなら、その石を彼女に向かって投げるといい。
 人々はそれを聞いて思わずぎくりとしました。自分たちの身がその女性に比しても無垢でない、ということを思い出したからです。
 彼らは石を投げることなくその場を立ち去り、ラビもまた、彼女に石を投げませんでした。
 さて現代に戻って我々は、今公衆の面前に引き出されているこのトードー・カナンに石を投げることができるのでしょうか。その権利があるのでしょうか。
 原告側の弁護士カーター氏は裁判中、厭になるほど繰り返し言いました。人間の死体を食べるような人間の言葉を信用することは出来ないと。
 なるほど、そこまで堂々と仰るならカーター氏は断食僧です! 一切れのパンも、一片の牛肉も、一ミリリットルのビールも口にしていないはずです。ご存知でしょう。今私が申し上げたものは全て、母星の裏側、最貧困の国々から中央へ送られてくるものです。その国の人々は我々のために飢えています。
 我々は投げられるのでしょうか? 日々満足するまで食糧を食べ、シャワーは浴びっぱなし、服は捨てっぱなし、排ガスは出しっぱなし、エアコンはつけっぱなし。
 今この時も続々と他者を犠牲にしている上、そのことを知りながら反省も発言もしない。ここにいるトードーと同じ様に。そうではないのですか?
 いや、自分は違う。潔白だ、という方は、どうぞ堂々と被告に罰を言い渡してください。しかしそうでない方は、どうぞ昔話にも劣る最悪の偽善を働くことにならないようにご注意を!
 既に我々はその偽善を目にしています。自分たちの立場を守る為に、被告に殺人の濡れ衣を着せてこの裁判所に送り込んだ。その間に自分たちの過失の証拠をいそいそと消してまわり、こんな大事故が起こった後にも、安穏と元の地位に留まり続けています。殺人者として有罪なのはどちらの方か、皆さんも薄々その存在を感じているはずです!
 彼らの言葉が正しそうでも、簡単に信用しないで下さい。彼らが他人を糾弾する時、どうぞ同じ罪が彼らにないのかどうか考えてください。彼らがそれを言える立場にあるのか問いただしてください。
 そして皆さんお願いです。図らずも彼らの手先となって、歴史に大きな偽善の足跡を残さないで欲しいのです。
 今あなた方は手に石をもち、彼を取り囲む人々です。その石を彼に投げつけるのか、地面に置くのか、それを決めてください。



 弁護側の最終弁論は以上です。
ありがとうございました。







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