レヴォリュシオン エリート









 ――おし、じゃ曽房は進学だな。ま、お前のことは先生もちっとも心配してないけどよ。何事も打ち込みすぎるところがあるから、体だけは大事にな。
 …あ、そうだ一つだけ――。お前さ、最近あんまり小郡とか、二組の安倍とかと、遊ばなくなったの?
 いや、だって前は大抵一緒にいただろう。小学校以来の付き合いだったよな?
 …うん? おう、そうか…。ま、付き合いが長いだけに色々あるんだろうけどなー。
 内緒の話、二組の内藤先生が安倍のテストの点数が突然落ちてきたんでびっくりして俺に相談してきたんだよ。『ヒョットシテ、曽房君トウマクイッテナインデショウカ?』って、あの蚊の鳴くような声で。そんなこと俺に言われても困ると思ったんだけどな。
 しかし、そうか。もう彼らの勉強は見ないことにしたのか。まー、お前だって来年は受験だからな。いい加減みんな、自分のことは自分でやらないといかんわな。
 お前、大学の後はどうするの。何になりたいとかってあるの? 特に? そうか。俺はお前は法務官とか、上級公務員に向いてると思うぞ。公務員どうだ? 野暮なイメージもあるけど、現場で国を動かす仕事だぞ。
 担任がそう言うと、整頓された進路指導室の中で、曽房誠はちらりと笑った。
 今更それには興味がありません。国ならば既に、一つ運営していますから。
「失礼します」
 頭を下げて指導室を出ると、外の椅子で待っていた生徒が足を解いた。
「終わりィ?」
「ああ、入れって」
 時間が押している。生徒が立ち上がった途端、もう次の時間の生徒がやって来た。
 小郡恒介だった。
 彼は透明なガラスに気付きでもしたかのように、ちょっとぎくっとしたものの、持ち直し、誠に向かって曖昧に笑った。
「――よっ」
 誠はそれに応えず、黙って彼の傍をすり抜ける。
 咳をした。





[ 11 ] 心の臓


 シテ。この世の全ての要素がたどり着き、再びめぐり出していくターミナル。世界の心臓。力の源。
 大きな城だった。どの城とも比較にならないほど広い。そして、その内部はどことなく、野蛮でグロテスクだった。
 女性的な美しさでいうなら、知る限りではノル城の方が上だ。なんでもシテ城に限っては、段原が自分でデザインしたのだそうである。
 そのせいか、どこがとはっきり言えないけれど、変てこな城だった。小学生の男子が秘密基地といって描く絵にテイストが似ていなくもない。
 その上、執務室に該当する部屋がないのだ。嫌だったらしい。『騎馬の間』とか『安楽の間』とか、なにやら曖昧な呼称のついた部屋があるので、その一つを仕事用に割り当てた。
 そこに設置された、体の裏にぴたりと張り付くような王座に着くと、まるで世界は自分の五体だった。肉体が途中から城にめり込んで、そのまま神経が連動している気さえする。
 これからは、世界の健全と自分の健全は不可分なのだな。とマクシムは思った。確かに王は、自分の体を労わるように、世界を労わらねばならないのかもしれない。
 やはり末端にいては分からないことがあるものだ。電車の運転台にいるのと、客車にいるのでは見える景色が違う。
 マクシム・ソボルは先頭車両に着いたのだ。線路を確認し、シグナルを受け取り、これから人々を乗せて運んでいくのである。
 だというのに、目障りな蝶が視界にまとわり着いて、マクシムの気を散らすのだ。



「――『あれ』が、キングの妻エリカを助けて、『ふくろう党』の根城に共に入った…?」
「はい。フェリックス殿の報告によれば、そのようです。遠目ではありますが、SSもあります」
 『騎馬の間』には王、アルカン、アンリエット、それに未来とフェリックスがいた。オオタカやリタ・リコはそれぞれ東州、北州の統治を任されているので、ここにはいない。
「…どういうおつもりかしら」
 と、アンリエットはフェリックスの表情を伺った。しかし、眼鏡の騎士は僅かに俯いたまま、黙っている。
「馬鹿にしています」
 代わりにアルカンが顔をしかめた。
「かつて何の説明も無く現場を放棄し、あまつさえ城主の剣さえ人づてに突き返して消息を絶ったあの男が、今度はキングの残党に助力して城の騎士隊と事を構えるとは――。
 我々をコケにして喜んでいるとしか思えません」
「…待て。あいつにはそんなつもりはないはずだ」
 重闘士、未来が口を挟んだ。さらにレベルの向上した彼は、最上級の鎧に身を包む真正の『エリート』になっていた。
 部下からの信望も厚く、新政府のメンバーの中でも一、二を争う知名度だが、普段は外に出ていて、ほとんど政務に口出ししない。
 しかし今日ばかりは、黙って聞いていられなかった。上座のマクシムを気にしつつも、アルカンを牽制する。
「恐らく行きがかり上のことだ。あいつは昔から困っている人間を放っておけない性格だった。今回もきっと誰かから懇願されて断れなかったんだ。
 騎士隊に被害は?」
「…ほとんど。攻撃はされましたが、陽動でした。積極的な敵意があるとは思えませんでした」
 沈んだ声でフェリックスが言う。アルカンは胃壁に走る苛立ちを、笑顔に置き換えた。
「あなたは、彼を逃がすのがお得意ですね。
 一月前にも、丸腰の彼を、逮捕もせずに見送った」
「…やめろ、アルカン。フェリックス殿に対して無礼なことを言うな」
 未来が左足を前に出す。彼は現場の人間なので、フェリックスを対官僚の仲間としてかばった。そこにアンリエットも助勢する。
「そうよ。お控えなさい。フェリックス殿はあの一件以来、辛いお立場にありながらずっとがんばってこられたのだから。あなたも知っているはずでしょう」
「では、自分をその『立場』に追いやった裏切り者のあの男が、憎くないんですか?
 一月もの間、我々の手をすり抜け逃げ続けているあの裏切り者が、あからさまに姿を見せた。それもはかったようにあなたの部隊の前に。
 今の今まで偶然だと思っていましたが、 どうもあなたの態度からは彼に対する怒りが感じられないので、私は少し、疑わしい気持ちになってきましたよ」
 フェリックスが眼鏡越しにアルカンを見た。温厚な男だが、さすがに睨む形だ。
「私を疑うのは止めてください。
 あの一件以来、マクシム殿の申し付けに従って、こちらからも一切連絡をしていませんし、向こうから連絡があったこともありません。
 ――それに私が、彼に対して、何も考えていないなどとは思われないで下さい。あなたのように、露骨に出したりしないだけです」
「それは知っていますよ。心中で色々考えている間に、『――彼は行ってしまって言葉もかけられなかった』んですよね」
「…アルカン…!」
 一月前の報告を引用した冷やかしに、抑制を失ったのは未来だった。
「――もういい」
 冷厳とした声が王座から降って、場が殺気立ったままふと停止した。
 マクシムだ。彼は硬直したメンバー達をさっと見回した後、
「フェリックス殿」
と呼んだ。
「はい」
「私は貴殿の誠意を疑ってはおりません。『ふくろう党』の根城に突入すればよかったのだ、などとは無論申し上げません。
 しかし私ならば、身内からの疑いを避けるために、軽く一戦を起こしてから引き上げたでしょう。そういったことは――」
 フェリックスは、熱に参った人のように、頭を傾げる。
「…思い至りませんでした…」
「そうですか」
 気の毒そうに苦笑する。
「――今後も、秩序の為に力を貸してくださいますね? どのような事情があれ、あの男が敵方に着いたことは事実で、いずれ戦火を交えることにもなるかもしれませんが」
「よく理解しております」
「『ふくろう党』はじめ、親『ブルーブラッド』派クラブの処置はアルカンに任せています。随時協力して、事に当たってくださいますね」
「…了解いたしました。お騒がせして、本当に申し訳ありません」
 フェリックスはちらりとアルカンに視線をやった後、丁寧に頭を下げる。
 当たり前だが、マクシムもこの穏やかで真面目な男に好意を持っていた。それだけに、その態度から『あの男』――フースケに対する恨みがほとんど感じられないのが、不可解だ。
 討議が終了し、それぞれが任務に散らばると、『騎馬の間』には彼とアルカンだけが残った。
 レヴォリュシオンの王は天使に言う。
 あの男のことで、もういちいち煩わされたくない。アベじいは反省の岩を抱いて書記官室の隅に沈み、脅威とは正反対の存在になっているのに、勝手気ままに動き回るあいつは、家に入り込んだ蜘蛛のようだ。
 そいつが出現するたび人々が騒ぐ。蜘蛛は甚だ小さいが、騒がしいのは、不快である。
 レヴォリュシオンの天使は王に言う。
 陛下には今や、世界に無二の武器がございます。
――『王の剣』。
 それさえあれば蜘蛛の子一匹、直ちに消し去ってしまえます。
 どうぞ私にその剣をお預け下さい。…ほこりに紛れたその一匹、速やかに切り払って参りましょう。
 そこでレヴォリュシオンの王は自らの腰から宝剣を引き抜き、レヴォリュシオンの天使にそれを与える。



*



「楼蘭、西になんかヤバい効果のある、サビ色の飲み物売ってるってよ。飲みたくないか」
「飲むー」
 フースケは結局『ふくろう党』の南州への脱出までを見届けて、ジャンクフード好きの楼蘭と共に西へ向かって出発した。
 二人は行き当たりばったりに旅を続けているのだが、旅先で得た知り合いが結構いる。
 彼等は個々で活動している平凡なユーザーに過ぎなかったが、ちょこちょこと囁きやメールを寄越し、自分たちの周囲の状況をフースケに教えてくれた。
 フースケはその情報と、街などで拾う噂話を合わせて、行き先を決める。それで一月、何とか災難を避けてこられた。
『それも昨日までのことだぜ。…参ったよな。一緒に南州へ仕えようとか、隊を任せるとか、フクロウ仲間だとか、リーダーのおっさんと変態が一緒になってしつこいったら』
『誰が変態じゃ』
『てめーだよ、クソジジイ』
 未だに南州からひっきりなしに囁いてくるじいさんに、悪態をつき返す。
 南州は現在のところ、『カテドラル』との同盟を拒否した唯一つの州だった。親『ブルーブラッド』でもあり、その残党が多量に流れ込んで、悔しまぎれに反中央のクラブ連合を作りつつある。
『いい加減に諦めろよ。俺にその気はねえって。義理は果たしたろ』
『おぬし、いつまでそうやってフラフラしておるつもりじゃ?』
『テストプレイが終了するまでじゃねー?』
『人を指揮した経験も、攻略戦を戦った経験も無駄にして、このままその女と浮遊しておるつもりか』
『楽しいよ? だってリアルじゃこんなことできないじゃん。
 何の目的もなく、世界中をふーらふらふーらふら。やろうと思えば現実でも出来るかもしれないけどさ、金ないし、武器はまあ携帯できないし、俺らの年じゃ怪しまれて、すぐ警察に捕まっちゃうだろうしねー。
 そう思ったら、リアルってば不自由』
『段原もそう考えて、この世界を作ったのじゃが…』
 モンスターを倒しつつ、野原をてくてく行くうちに、南州-西州の国境線を越した。楼蘭がサビ色の飲み物に惹かれて、一番近場の街へ彼を引っ張っていく。
 確かにそれは売っていた。しかしサビ色という形容は生ぬるくて、寧ろヨード色といった方が正しいような、その上栓を抜くと発泡を始め、見るからに怪しいしろものだ。
 とんでもなく薬くさい。しかし楼蘭がぱかっと飲んでにこにこしているので、フースケもためらいを棄てて、飲んだ。
「ウゲちょっ…、これ、絶対なんかヤバいもん入ってるって! 移動速度が、上がって、気持ち悪…!」
 アルコール類は飲むと力が抜けて、真っ直ぐ歩けなくなる。が、この飲み物は飲んだ直後、異様に足が速くなった。得なのかもしれないが、気味が悪い。
「なんだこれー? うわー。ひー」
『おぬしがバカなことをしておる間に、大革命が成り、マクシムが王位に就いてしまったではないか』
『結構なことじゃない。あんなに清く正しく美しい王様、リアルにもなかなかいないよ? 俺の親父は一回役所に勤めたけど、清くも正しくも美しくもない人間ばっかで厭になってやめたってよ』
『――確かに彼は、清廉潔白であり、努力家という点では非のつけどころのない男のようじゃ』
「うわこれ! 今度はどーんと体が重くなってきたよ。おもしれー。ひゃはははー」
『じゃが、法や自分の意に反する者に対する扱いは非常に厳しい…。容赦がない。
 彼は罪そのものだけでなく、それを犯した人間の弱さまで裁くのじゃ。神の如くに。
 彼に罰せられた者の恨みや悲しみが、レヴォリュシオン世界を萎縮の色で染めつつあるのを、おぬしも知らぬわけではあるまい?』
「うわー、動けねえ。体、重ッ! なに、笑わないでよー、そこのおっさん」
『おぬしはその気になればクラブのリーダーともなれようし、一城の主となることも出来るであろう。ところが自らの責任から逃げるように放浪三昧。
 人々の望みを無碍に断り続けて、自分自身もいい加減、心苦しいので――』
「何っ?! あんたもさっき飲んだ? じゃ、今に来るよ。……ホラ来た! おめでとう!! 三人仲良く、大地にどたーん。
 つうか何入ってんの、マジでこれー! めまいすんですけど! うわー」
『聞いておるのか、おぬし!』
『聞いてましぇーん。昨日までのエロ小学生がいきなり真面目な説教かましたって聴く耳もたねえっての。
 えらい人は普段からえらいようにしてなきゃ。泥棒が万引きはいけない! と書いたって誰も本気にしやしないでしょ。だからあいつは立派なんだしー』
『ワシはおぬしの才を見込んでおるのじゃ』
『へっ。脱出以来人並みの成績も危なくなってる俺に、何の才能があるってーの?』
『人を動かす才能じゃ。力づくでも、理屈づくでもなく、人の中の何かを動かして、自分の味方につける、生まれつきの才じゃ』


――小郡は、どこ行ったって結構人から愛されて、生きていけそうな感じがするなあ。
 先生は自分が教師だから言うんじゃないけど、お前は学校の先生に向いてる気がするぞ。目標がないなら教免なんか、考えてみたらどうだ?――


『バッカらしい。そんなもん、ねえよ』
 フースケは地面にひっくり返って飴色に染まった雲を見上げ、際限なく笑いながら言った。
『俺がそんなに嫌われないのは、みんなが聞きたくないことは黙ってるからだよ。聞きたいことしか言わないからだよ。卑怯な処世術だ。
 そんなので誠に勝てるもんか。本気のあいつに勝てるもんか。俺は寧ろあいつがうらやましいね。あいつのように情熱が欲しいね。
 あいつは昔から、どんなことにでも一生懸命で、もうすごいんだ――。
 あいつ、この世界に、自分の国を作ろうとしてるんだぜ…。
 仕組みとしてそんなことが可能なんだとしても、俺にゃあそんな野望がないわ。
 自分の目的と、理想のためなら、冷酷にまでなれるその心臓の強さが、俺にはない。人に嫌われるのが怖いんだ。だから何もかもが中途半端。手を出しちゃ止める。首を突っ込んじゃ止める。
 …そんな人間に勝たせてくれるほど、世の中は甘くはねえんだよ、小学生―。ははははは』
 じゃり。と砂を踏む音が耳の傍でしたかと思うと、黒い影が斜めに差し込んできた。
「――」
 フースケはまだヤバい飲み物の余韻に半分浸りながら、目を開く。
 騎士だ。西州の騎士は赤い甲冑に赤いマントをつけているらしい。ロブスター。女の声が、上から降ってきた。
「お尋ね者――フースケと、楼蘭だな」
「お人違いじゃないですか」
「ブラックジュースを飲んだのは初めてと見える」
「んー?」
「その飲料は面白いが、いろんな副作用があるぞ。たとえば、そう――シールが落ちる」
 間髪入れず、鋭い槍の一撃が彼の心臓めがけて突き下ろされた。
 フースケは身をまくって横様に飛びのく。付き従う楼蘭と共に後退して、距離をもぎ取ったが、その分連中は横に広がった。
 西州騎士は五人。満遍なくタイプが混ざっている。
「やっぱりジャンクは体に良くねえな」
 楼蘭は頷く。
「でもおいしかった」
 一般人が平時、騎士とまともに戦うのは馬鹿げた行為だ。ペナルティががんがん降って、攻撃した分だけ身に戻ってくる。
 前に未来が六人の騎士を一人で相手にしたことがあるが、あんなことは出来るものではない。ずば抜けて体力と集中力があり、筋のいい未来だからこそ可能だったことで、その彼もあれ以降、もう一度やろうとは絶対に言わなかった。
 勿論二人も、初めから逃げることしか考えない。お得意の爆薬をぶつけて目くらましすると、南州の境めがけて一目散に遁走する。
 何一つ中途半端だとさっきフースケは言ったが、逃げることだけは一生懸命だった。一月前の晩、みんなの前から逃げて以来、あちこちを恥も外聞もなく逃げまくってきた。
 だがその日は、うまく行かなかった。
 彼は挟み撃ちにされたのだ。
 逃げに逃げて州境を目にした頃、フースケはそのことに気付いて、しまったと思った。
 王城の騎士達が二人を待っていたのだ。十人ほども。それを指導するのは、お久しぶりの、アルカン様である。
 西州は中央州と同盟を結んでいる。罠に落ちたことを知りながら、フースケは一応背面に楼蘭を庇った。
「――よお。相変わらず美男だな」
「相変わらず醜男ですね」
「しょーがないじゃん」
「よく今まで生き延びました。どういういきさつがあったか知りませんが、…キングの妻などに同情するから、こんなことになる」
 アルカンは剣を抜いて横に構えた。異様な、細い音波のようなものが鼓膜から入って、肌を粟立たせる。
 見たのは初めてではない。だから、その意味も、彼にはすぐ分かった。
 アルカンは笑って身を引いた、そして騎士に、かかれ! と命じた。
 またシンビから連絡が入る。フースケが応えないでいたので、『どうかしたか?』と聞いてきた。
『まさか、追っ手か? …どこじゃ、フースケ。どこにおる?!』
『来るな。連中、王の剣を持ってやがる』
『…ばっ、馬鹿者! それで殺されたらしまいではないか!
 王の剣は貸与可能とは聞いておったが、本当だったのか?! 何を城側はそのように焦っておるのじゃ!』
 こんな時だが息を思い切り吸い込む。
『――みんなお前のせいだろが!!』
『ふくろう党を動かす! 場所を言え!』
『バカ来んな! 州同士の衝突になるぞ!』
『楼蘭! おぬし今どこじゃ! 死にたくなければ言え!』
『楼蘭、死ぬのは別にいいけどー』
『フースケも死ぬぞ!』
『んー。西と南分けてる線のとこ』
『あ、バカ』
 その間にも、騎士達は攻撃を降らしてくる。――受けてばかりでは限界はすぐだ。
 突破口を探すが、見つからなかった。騎士の包囲の向こうには、周到なアルカンがいる。
 さすがのフースケも、まずったなと思った。
やはり、あんなジジイの言うことを聞いて、半端なことをするのではなかった。あれさえなければ、アルカン達に居場所を知られることは――
 後悔したその時、騎士隊の背後に、『ふくろう党』の面々が舞い降り、中央を割った。
 シンビが動かしたのだ。
 フースケはそれもまた、やられたと思った。
大事にならないように今まであちこちで逃げ回っていたのに。これは間違いなく、何らかの動きへの序曲になってしまう。
 くそったれめ。俺はやられ放題だ。



 ふくろう党員は上級ユーザーが多かった。しかも蘇生部隊がしっかりしており、多大なペナルティを食らうメンバーを巧みにサポートする。
 アルカンは無理をせず、近場にいたシテの騎士隊を戦闘に引き入れた。たまたま呼ばれたのは、フェリックスだった。
「縁があるんですね、あなたは」
「……」
 フェリックスは黙ったまま、下馬してアルカンの傍へ寄る。彼が手にしている剣を見て、はっとした。
「――『王の剣』…?!」
「ええ。それが陛下のご意志です。あなたもね…、迷いを一掃する、好機ですよ」
「……」
「アルカン様! 連中が対象を取り囲んで移動をもくろんでいます。南州へ逃げ込むつもりのようです!」
「行かせるな! ひねり潰せ!」
「はっ!」
 アルカンが走り出した。フェリックスも一歩遅れて、それに続く。
 『ふくろう党』は確かに、騎士達の攻撃に耐えつつ、南州との州境へ迫ろうとしていた。逃げ込んでしまえば、非同盟州の領内。たとえ城の騎士とはいえ、取り締まり活動は出来ない。
 決死の脱出になった。騎士達は行かせまいと猛攻してくる。受けるにも返すにもフースケ達はダメージを負う。
 少なくとももう三度は死んでいるメンバーもいた。フースケ自身、これだけ食らって一度も死んでないのが不思議なくらいだと思っていたら、何のことはない、背後にシンビが取り付いてムチャクチャに回復していたのだ。
「お前、俺に何の恨みがあるんだ!」
「助命してやっておるのではないか!」
「元はといえばてめえのせいだろうが! どうするんだよ! こんな大事にしやがって!」
「おぬしは死なせん! おぬしにはやってもらうことがある! おぬしは段原に見込まれ――」
 ごっ。
 大槌が、小さなシンビの顔を殴った。その体は宙を飛んで、地面に放り出される。
「てめえ!!」
 つい、フースケは激怒して、暗殺者の細い剣でその騎士の胸を、思い切り突いてしまった。
 激しいダメージにおのが体が揺れる。ぐうっと唸りながら男の腹に足を当てて、剣を引き抜いた。
 やってしまった…。自前のアイテムで回復をかけたものの、体が揺らめく。そして騎士の大きな体の向こうに、顎を引いて楽しそうに笑う、アルカンの姿が現れた。
 倒れこむように飛び込んでくる。振り下ろされる宝剣の刃を、ほんの鼻先で受け止めた。
 幾度も打ち合う。フースケの剣が痛む。見る見る痛んでいく。『王の剣』のその硬さは、『城主の剣』の比ではない。
 なんという…!
『引け! 引け、フースケ! 州境まですぐじゃ! 楼蘭はもう入った!』
 なんとか立ち直ったシンビが通信してくるが、おいそれと行かしてくれそうもない。
 思えば彼の闘うところをほとんど見たことがなかったが、――速い。とにかくスピードで押してくる。低レベルの頃は苦労したかもしれないが、強い武器を手に出来るようになれば、この速さは強みだ。
 いかにも、彼らしい戦略だった。
フースケは回復を得ながら後退した。後退したが、一歩ごとにダメージを食らって、このままではもちそうもない。
 馬鹿げたことに、フースケは追われる身になっても尚、死にたくないという気持ちだけははっきりしていた。目的も、目標も、残酷もなくても、死ぬのが嫌だった。
 その本能がこのままでは無理だと言う。アルカンは一気に片をつける気だ。このペースで受け続けたら、いかに支援されていても、もたない。
 『王の剣』。全てはゼロになる。
それは死だ。
この世界における、二度目の死だ。なにもかも、チャラ。
 フースケは最後の力を振り絞って両手で剣を叩き付けた。
 アルカンの細い体を跳ね返し、多大なダメージと引き換えに、一拍の間を得た。
 身を翻す。闘いを放棄して、走る。
心臓がうごめく。
世界が揺れている。
背後には死。
州境は前。
走った。



 結論から言えば、彼は間に合わなかった。
にやりと笑ったアルカンは数歩でその間を詰め、フースケの背中に向かって刃を振るった。
 既に瀕死のフースケは成敗されたはずだった。
二人の間に、トパァズを発動させたフェリックスが、飛び込んでさえ来なければ。



「――フェリックス!!」
 南州へ飛び込んだフースケは、人々に助け起こされるや振り向いて、彼の名前を呼んだ。
 一撃を身に受けた彼は、血の染みていく背中を向けて座り込んだところで、その顔は、見えなかった。
 ただ眼鏡が、土の上に転がっていた。
 彼の向こうにアルカンが立ち、怒りのあまり白けきったような顔で、手負いの彼を見下している。
 周囲の騎士達もあまりのことに驚愕していた。フースケは今更、いつだったかしくしく泣いていた小柄な副官の子がそこに混じっているのを見た。
 アルカンは左手でフェリックスの肩を掴むと、右手の剣でその左胸を一気に貫いた。
 引き抜かれると、フェリックスの体はものも言わず、真横に倒れる。




-EOF-




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