レヴォリュシオン エリート








[ 13 ] 第一三部隊



「へー。本当に探偵事務所なんだねえ。邪魔するよー、【フースケ】」
「……」
 土曜の朝午前十時にうちの事務所に押しかけてきやがったのは、【シンビ】こと、真日渡だった。
 ゲーム内で相談事をしたら、逆に住所をしつこく尋ねられて、強引にオフ・ミーティングの約束をさせられたのだ。
 さすがの俺も渋ったのだが、【マクシム】を殺したいんじゃないのかと言われて承知した。
 ――本当に小学生だ。こまい。
 しかもブランド服なんか着やがって、辟易するくらい育ちが良さそうだ。
 立てた新聞の向こうから成り行きをうかがう親父の横を通って、応接室に入る。どうせ客なんか来ないから、いいんだ。
 シンビは古びたソファに座ると、子どもらしい物怖じとか遠慮とか微塵もなく、舌ったらずな声で妙に気取った話し方をした。
「いや、相変わらず田舎だねえ。僕、実はこのあたりはお馴染みなんだよ」
「…バアちゃんちでもあるのか?」
「G大附属の幼稚園に通ってたから」
「……」
 G大附属の幼稚園ったら、国立の名門だ。小中と続くが、G大に行くやつはほとんどいなくて、つまり東大生育成コースだって聞いたことがある。
「なに泣きそうな顔してんのさ」
「いや…。お前みたいなやつが将来、俺らの税金でお座敷遊びをするのかと思うと…」
「発想がアナクロだなあー。ところでお茶は出ないワケ?」
 それは用意しておいた。炭酸ジュースと、鍋会の時もらった駄菓子のあまりだ。
 何となく納得いかないような顔でイカ足を噛みながら、ガキが言う。
「しっかし、どうしていきなり乗り気になったワケ? ボクは君の、負け犬じみた性根をどーやって変えさせようか、悩んでたところだったのに」
「理由なんかどうだっていいだろ…。とにかくあいつに一発食らわしたくなっただけさ。
 俺は暗殺者だし、手段は問わない」
 真日はち、ち、と人差し指を振った。誰だガキにこんなバタくさい動作を教えた奴。
「ダメだよそんなのじゃー。テロリストになりたいの? もっとちゃんと計画を立てて、正攻法で行くべきだね」
「大革命を起こせといってるのか?」
「そう」
「俺には州を統治する気なんかないし、時間もない」
「有望な州の雇いになればいい。時間だって、一ヶ月と半分あるよ」
「それでシテが落とせるってのか?」
「出来るさ。見てごらん」
 ガキはキャラクターの着いた青色のカバンから大学ノートを三冊、取り出してきた。表紙に、マジックで『レヴォエリ@』…。
「なんだ、ソレ…?」
「段原一彰が書いたゲームの原案ノートだよ」
「――おい、大概にしろよ…。なんでそんなもんお前が持ってんだよ」
「あ。言ってなかったっけ?」
 その顔は悪意と得意で輝いていた。
「ボク、段原一彰の甥っ子なんだよ」
 息を吸った拍子に駄菓子の化学調味料が喉に絡んで、派手に咳き込んだ。




『実際、今の高校生って本当に大変だよな。
 期間はたった三年間しかないってのに、オシャレじゃなくちゃいけないし、いい友達もいなくちゃいけない。イケてる映画とか音楽は残らず知ってなくちゃいけない、服や靴の銘柄も知ってなくちゃいけない。
 恋愛に興味がなくちゃいけない。彼氏彼女を作ってセックスまでしないといけない。勉強も出来なくちゃいけない。出来すぎちゃいけない。
 格好は清潔でなくちゃいけない。匂いがしたらダメだし、髪型もキメないとダメだ。将来の夢がなくちゃいけない。個性がなくちゃいけない。野望がなくちゃいけない。でもモノを壊しちゃいけない。乱暴ではいけない。
 親切でないといけない。人をいじめちゃいけない。いじめられてもいけない。成功しなくちゃいけない。失敗しちゃいけない。自殺をしてもいけない。コンピュータには強くないと、でも携帯やネットにはまっちゃいけない。
 全部でたらめだ。大人の勝手な希望と、商品の広告と、雑誌のあおりと政府の教育指針がごちゃまぜになった口約束の残飯だよ。
 だってそう言う大人は全然約束守らないで、勝手なことをしてるじゃないか。そこらの親父から、大臣までさ。
 そのからくりに気づいたとき、子供は不信に目覚める。やる気を失い、暗い迷路にはまり込む。
 そこから抜け出すには、自分よりすごい人間や優れた人間に会って、もう一度人間ってものに対して希望を抱けないといけない。
 大丈夫。世界は嘘ばかりじゃないんだ。詭弁ばかりじゃ、罠ばかりじゃないんだ。ちゃんと美しい人もいるし、すごい人もいる。心の底から感動させられることもあるんだと。
 誠の場合、両親が離婚した時がその不信の始まりだったよ。俺、昔からあいつのことが大好きでねえ、あいつが、もう一度世界を信じられるような人間と会えるように、あのゲームを作ったワケよ』
 手にしたこれは、メッセ上の会話履歴をプリントアウトしたものだった。新聞やネットに載ったら差し障りのありそうな、段原氏の生の声が吐き出されてると思った。
「ところが普段の素行が祟ったか、段原の叔父さんはあの通りご入院だろ。仕方が無いから、ボクが色々観察して、経過を送ってたんだけどねえ。
 ――君と会うって話をしたら、このノートを貸してくれた。役に立つはずだって。
 レヴォエリ、隠し設定多いでしょ。城主の評価によってペナルティが加わったり、実は城主の剣がレンタル可能だったり、――おっさん、ああいういたずら大好きなんだ。
 結構見つかってるようだけど、叔父さんによればまだその半分以上が発掘されてないんだって。ま、これはハッタリかもしれないけど、ボクも、結構デカいしかけが埋まってそうだなあって予感はしてる。
 …特に、シテ周りにはね」
 前王【キング】の統治のヌルさや粗を指摘する人間は大勢いる。だが彼はその減点部分を、同盟関係の巧みさで補っていたのであって、なんだかんだと統治は半年も続いた。
 その間、『大革命』を起こそうとする動きはほとんどなく、そういう意味であの巨大なシテ城は探求し尽くされていない。
「――どう。興味が湧かないかなあ? このノートに」
 変声期前のガキが、どっかで覚えてきた芝居がかった台詞回しをするのを聞くのは、実にいらいらするものだ。
 よれ切ったノートにさっと手を伸ばそうとすると、ガキはそれを天に掲げ、逃げた。
「ただし、段原の叔父には条件をつけられた。
『真正面からマクシム・ソボルと対決して、大革命を起こし、その王位を奪う気があるのなら、貸す』――ってさ」
「……」
「嫌なの?」
「…変だと思ってるだけさ。段原さんは、どうしてそんなに誠に入れ込んでるんだ。
 …いくら大学時代の同期生の子どもだと言ったって、所詮他人のガキじゃないか…」
「うん。それはボクも不思議だったよ。あの人、子どもはもともと大好きなんだけど、にしてもちょっとひいきが過ぎるから。
 あとねえ、噂があったんだよ。曽房誠の母親が一時、段原の叔父と不倫をしてたなんて、ぶっそうな噂が」
 ――血の気が引いた。
「おい…」
「だから事務所に押しかけたんだよ。他人に言わないでね。言ったら猫を虐待するよ」
「意味分からねえ…」
「それでこないだね、ボク、とうとう我慢しきれなくなって聞いたわけよ、叔父に。彼の味方するのはいいけど、そのへん、どうなってんの? って」
「……」
 小五にそんなこと聞かれるのもなあ、と俺は心中でつっこみながら、思わず息を止めて返事を待った。
「そしたら叔父がいうことにゃ、――噂を信じちゃいけないよ、私の心はウブなのさ♪」
「……」
「そーいう男なんだよ。段原って。でも嘘つきじゃない。要はそんなことは、してませんって」
 ――そりゃあ…、俺はあいつの母親に、けっこうマジで惚れてましたよ? 三角関係だっていわれりゃそうだったと思うよ。
 でも、そんなことするわけないだろ。
 俺とあいつの父親は、親友だったんだぜ。
「曽房誠、父親の家から出たらしいね」
「ああ…」
 何でか、泣きたい気分だった。髪を触る指が震えていた。
「ボクの耳に入ったことが、彼の耳に入らなかったとは思えない。
 …彼は、苦しんでたんじゃないのかな。多分、離婚の前から。自分から親父さんと残るって言ったんでしょ?」
「……」
「君は彼を、家に帰してやりたいとは思わない?」




「あのー。…なんか外人さんみたいな名前の人が尋ねてきましたけど」
 応接間の扉を開け、首をにゅうと突き出して親父が言った。
「ああ。通して」
 俺はまだ参ってた。答えたのはシンビだ。親父は
「はい」
 と言って首をにゅうと引っ込める。
「事務員?」
「室長だよ。…お前な、勝手に誰を呼んで来たんだ?」
「こんにちは…」
 狭い事務所だから、すぐそのお客はやってきた。見たことのない、二〇代の始めくらいの人だ。
 清潔だが地味で、大学生かフリーターに見える。鼻の上に、黒い今時なプラスチックフレームの眼鏡を載せていた。
「分からない?」
 シンビがにやにやする。
「?」
「フェリーックス」
 俺は画鋲の上に座ったみたいに飛び上がった。




*




「――熱帯の城へ、ようこそいらっしゃい。
 あんた達のことはシンビ殿から聞いてます。我が南州に仕えたいってのは、ホントかしら?」
 南州統治クラブ『真夏』のリーダー【てるみ】は、三〇代中盤。珍しくグラマラスで余裕のある大女だった。肩にはオウムなんか乗せてる。
 イスラミックなブルータイル張りの宮殿に立ったフースケ、楼蘭、フェリックスは頭を下げた。
「はい。俺とフェリックスはそうです。ところで、こいつも願書を出したようですが…」
 フースケは隣に立つ楼蘭を咎めるように振り返る。
「俺は反対です」
 てるみはふん、と笑った。
「…確かに、あんた達の場合、ただのレジスタンスじゃあすまないわよねえ。元の仲間、組織の裏切り者が、同じ組織に歯向かうんだもの。どうしたって血みどろの戦いになるわよねえ…。
 でもそのコ、あんたの傍にいたいって顔をしてるわよ? 動物を拾ったら最後まで責任を持って面倒見なくちゃね。
 というわけで、三人とも、採用」
 はーと、印章に息を吹きかけた後、書記が捧げ持つ書類に、べっべっべっ、とハンコを押してしまう。
「しっかり働いてちょうだい」
 名前の前に南州騎士の証であるアイコンが着くと同時、フースケは振り向いて苦い顔をした。楼蘭はへらっとするだけだ。
「あんた達は、第一三部隊に入ってもらいます。連絡を入れておくから、このまま向かってちょうだい。お仲間が待っているわよ」
 ボリュームのある唇で笑われると迫力があった。
 何しろ、大革命後ふらっと日和った西州と違って、世界で唯一つ、反中央=親『ブルーブラッド』を表明し続けている州の主だ。東州もかつてはそうだったが、気骨がなければ出来ることじゃない。
 今まで南州の城主は他州のそれに比べ、さして有名ではなかった。人物はあっちこっちに結構隠れている、ということだろうか。
 外に出ると、廊下でシンビが待っていた。
「おめでとうさん。これでおぬしはスユドの騎士だの。しかも正真正銘の裏切り者じゃ。
 北州から出奔。流浪の身から南州へ。変節漢じゃのー」
「てめーの入れ知恵だろうが。しかも自分はちゃっかり自由身分のままかよ」
「安心せい。わしは良心にかけておぬしの味方じゃ!」
「少しも信頼できない…」
「まあとりあえず言われたとおり、部隊の方へ行ってみましょう。しかし第一三部隊とは…、我々にぴったりの号数ですね」
 一三は、不吉と裏切りにまつわる数字だ。フェリックスの苦笑に肩をすくめ、フースケはみんなと一緒に兵舎の方へと歩き出した。
 棕櫚や椰子の繁る宮殿の庭に、まるで高校のクラブ長屋みたいに、横長の平べったい、タイル張りの建物が伸びている。
 扉に番号がついているのでそれを頼りに一三番目の部屋へ入ると、ぞっとするような眺めが開けた。
「おー! 来たなフースケ! 待ってたぞ!」
 そこにいたのはかつて『カテドラル』に敵として対峙し、破滅や死に追い込まれた者達だった。
 東州の騎士隊長だった【ロネ】、派遣官吏【ルナ】、北州コランダム鉱床のクラブ連合の面々。それどころか、【エナメル】までいる。
「うわあ…っ! 汚い絵!」
 もうとても城の騎士隊なんて感じじゃない。レベルも氏素性も寄せ集めで、同クラブのメンバーですらない。
 ただ一点、『カテドラル』のマクシム・ソボルに一矢報おうとする志のみでつながった人間達が、狭い部屋の中に、満ち満ちになっているのだ。
「こちらへどうぞ、フースケさん。よく来てくださいました」
 奥の机にようやくまともそうなユーザーがいると思ったら、『ふくろう党』のリーダーだ。その脇のベンチにはキングの妻【エリカ】が、おとなしそうな男と並んで座っている。
「よくもまあ…、こんなに集めましたね」
 すすめられた丸椅子に腰掛けたフェリックスも、いささか呆れた様子だ。反面、コッレでの経験を思い出したか、ぐちゃぐちゃな楽しさに口元がひくついている。
「集めたんじゃない。自然に集まってきたんですよ。アルカンの監視網は厳しい。国王に逆らう人間が安穏と暮らせるのは、今や南州だけですからね」
「しかし…、【エナメル】はどうして?」
「どーもキャラクター削除で済んだらしいですよ。彼がBOTしてたのは意外にも数日だけで、運営の記録じゃ不正がはっきりしなかったらしいです。
 そうしたら、後はあのアルカンの持ってきた画像だけが頼りでしょう。東州による謀略説も強かっただけに、運営側もアカウントBANには踏み切れなかったようです。
 もう絶対不正行為はしないって、言ってますけどね…」
 相変わらずロリロリな、好いたらしい美少女キャラの格好をし、つくり声で話している。
 もう彼が痛いおっさんだということは全員にバレているのに、懲りない男だ…。
「おひさしぶり、です」
 フースケの肩を叩く男がいる。振り向いたら、鉱床クラブ連合で顔見知りだった、あの小男だった。
「よ、よお…」
 さすがに薄笑いを浮かべてしまう。
もっとも彼は『国王の剣』で殺されたのではないから、レベルはそれなりに回復している様子だった。
 フェリックスもそうだが、妙にレベルの低いユーザーは『国王の剣』で殺された後、同名でリスタートしたユーザーということだ。小男はまだ、運がいい。
「いやー、またお会いできて嬉しいですよ。しかも今度は味方としてお付き合い頂ける様子。よろしくご指導ご鞭撻のほど」
 相変わらず人を食って、よく回る口だが、フースケは笑ってしまって真面目になれなかった。
「…ここは、あの世か? 幽霊ばっかりいやがるぜ。…あんたがこの幽霊部隊の隊長か?」
「どーしてどーして」
 と、『ふくろう党』リーダーは首を振り、掌を横に流す。
 【エリカ】の隣に座った、一見、そこらの工房の徒弟にしか見えない金髪の、口ひげの男が、穏やかに笑った。
 フースケは、横っ腹が震えて思わずぞっとした。
 確かにそうだ。冗談みたいだが、第一三部隊が幽霊を寄せ集めた部隊なら、指揮するのは彼以外にいまい。
 レベル一〇やそこら、フェリックスと同じようにまだろくな装備も着けられないその男は、三日前、胴から首が離れたはずのかつての王――【キング】だった。
「やあ…。君には妻が世話になった。直接礼が言えて、嬉しいよ」
 抜け目なく囁きが飛んでくる。
『…シンビ殿から聞いている。おおっぴらにすべきじゃなさそうだが、何か虎の巻が、あるらしいね』
『どうだかなあ』
 フースケはくつくつ笑いながら、隣のフェリックスのわき腹を押した。フェリックスは眉を八の字にする。
『あれが使えればいいけどねえ…』
 俺たちはみんな神様(ダンバラ)のおもちゃだ。




*




 ――同日朝、『小郡総合調査室』の応接間。
「なるほど。…じゃ、これは段原さんがゲームを作る前に書き溜めた創作ノートみたいなものなんですね。我々にとって有用なヒントが載っているかもしれないと…」
「うん。ただ、原案にあったからといって実装されてるとは限らないけどね。これは、本当に段原の叔父が、自分ひとりの為に書いたメモだから。
 作業してるうちに追加された設定もあるだろうし、反対に開発中にボツった案もいっぱいあるはずだよ」
「まあしかし、色々手がかりにはなるだろう。なんだかカンニングしてるみたいで気が咎めるが…」
「さあ、それはどうかなあ…」
「あ?」
「まあ、見てごらんよ」
 言われるまま、向かい合って座った二人はめいめい、机の上のノートに手を伸ばした。
 どれもヨレヨレだ。煙草の匂いがする。しかもコーヒーでもこぼしたのか、派手にふやけてる部分もあった。
 読み始めて三十秒後、恒介とフェリックスは同時に、少年の言った意味を理解した。
「――なにこれ。字、きたなっ…!」
「――な、何が書いてあるのか、分からない…!」
 明日の東大生はしれっと言う。
「まあロゼッタストーン渡されたようなものだよねー。そういう男なんだよ、段原って」




*




「――陛下」
 シテ中央城に降り立つと同時、先にログインしていたアルカンが走り寄ってきた。
「…どうした」
 上着の襟を直しながら、マクシム・ソボルは執務室へ歩き出す。歩調を合わせ、彼の肩の後ろから囁くように、アルカンは告げた。
「今、確かな筋から情報が。
 ――…フースケ、楼蘭、及び、リスタートしたフェリックスが、南州に下りました」
 マクシムは立ち止まった。それから振り向いて、アルカンの顔を見る。



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