レヴォリュシオン エリート






[ 17 ] ナポリを見て死ね






――ふふん。俺が喋り出したってことは
 お前の崩壊も近いなァ
――うしゃしゃしゃ…
――なんてツラだ
――裏切られたって顔だな
――裁定が不満か?
――よっぽど血を飲まなきゃ俺は目覚めない
――胸に手を当てて考えてみるんだな



 マクシムはかなり長い間、青ざめた顔を引きつらして口だらけになった異様な剣を見ていたが、やがて、手にしていた書簡を机の上に投げ出し、椅子にどっかと腰を下ろすと、肘掛に両腕を置いた。それから鋭い眼差しを、剣の化け物に注ぐ。
 炎の揺れる蝋燭の芯がジジ…と鳴った。



――ほほう。さすがに血吸いの王だ
――ちっとは肝っ玉が据わっているな
――俺のことも叩き割ってみるか?
――出来ないな。俺の力だけが頼りなんだから



「…言いたいことはそれだけか」
 マクシムは、自分でも意外なほど落ち着いた声で応じた。ものを言うごとに、体の中で砂がじゃりじゃり動いているような気がしたが。
「ならば去れ。アトラクションに興味はない」



――つまんねえ男だなー
――若いクセ脳みそ岩みたいにガチガチにして
生きたまま彫刻にでもなるつもりなんだな
――まあ言われなくてもじき退散するがねえ。
伝えとくことが二つあら
――ひとつ。てめえは間違えてる



 マクシムは答えなかった。



――もうひとつ。耐久度に注意するこった
――俺はなんて親切な武器なんだろう
――じゃあまたな。しゃしゃしゃしゃ



 口は小さくなり、最後はおぞましい小豆大のぶつぶつになったかとおもうと、銀色の刀身の中に完全に消え入った。
 マクシムは立ち上がると、不快をこらえながら『王の剣』を取った。データを確認する。


 耐久度 一一八二 / 二五〇〇


「……」
 『王の剣』、『城主の剣』は、決して壊れることのない、無法なほど強力な効果を持つ特殊武器とされていた。
 貸与可能であることが判明してからは、王の身から離してますます利用されてきた。決して壊れたり、盗られたりすることがないと信じられていたからだ。
 だがその数値は単に、隠されていただけだったのだ。耐久度MAXが二五〇〇は普通の武器に比べ格段に高い。だが、無限ではない。
 悪魔的な仕掛けだった。
 誠はおかしくなってきて、馬のように首を左肩につけ、笑った。
 『僭主』という評定。そして、知らずに寿命を半分使い果たした、この剣。
 自分は、段原の存在を目指して、馬鹿げた無理をして、ここまできたのに。
 段原が彼に返したものは、ベロベロバーだったというわけだ。



 誠は、ディスプレイの前で唇を噛み締めた。今まで噛んだことがないほど深く噛んだ。
 それでも堪え切れなかった。釣り合いを取りたくて自分の頬を殴った。今までにも、よくやってきたことだ。
 それから誰にも断らずに接続を切ると、服も着替えないまま、床に敷かれた布団の上に倒れこんだ。




*




「――曽房、風邪か? もうすぐ学年末だ、無理するなよ?」
 ホームルームの最中、教師が心配して声を掛ける。ようやく咳を収めた誠は、すみませんと掠れ声で謝った。
 頬杖をついた恒介が顎を動かし、彼の背中を見る。
「……」
 恒介は病気ではないが、やっぱり冴えない顔つきをしていた。昨日の突き上げるような怒りは、一晩経つとどうにも出来ない漠然とした虚無感に化け、胃から喉元まで満たしていた。
 教室に並ぶこの、のっぺりした、顔のない椅子に座っているのが、苦痛だ。いらいらする。
 二月の寒い風と薄曇の天気が鬱を煽ったのかもしれないが、恒介はなんだか今までで一番どん底にいるような気がした。
 四人一緒にゲームを始めたのが去年の二月…。ちょうど一年が経とうとしている今、全員が、あの頃には想像もしていなかったような状況に陥っている。
 ――大革命は成った。『カテドラル』はシテを支配し、【マクシム・ソボル】は【キング】を誅して念願の王となった。
 それなのに誰も、幸福ではないなんて。
 曽房誠は満足してる? そうだろうか。
 せめてそうならいいのだが。
 放課後。自転車で下校中、対向車を通すために減速した時、ファミレスの店内に未来がいるのを窓越しに見つけた。
 そのまま駐輪場へつけて、店内に入る。黙って前の席に腰を下ろすと、未来はちらりと眼を上げて「おう」と言った。
 制服を着ているが、未来は今日も休みだったはずだ。どうやらサボっていたらしい。
 あの席に座っていた。夏、レベルゼロの四人で囲んだ安っぽいテーブルの上に、ドリンクバーの残骸がさんざんっぱら転がっていた。
 恒介はマフラーを取って、鞄の上に置いた。それからべったりと背中を椅子に着けて、思う様、脱力する。
 彼らは二人とも、ゴムボートに這い上がった難破船の遭難客みたいだった。
 とりあえず俺たちはまだ生きている。
 これから、どうしよう?
 未来が大きな手で眠そうなまぶたをがしがしと擦った。言う。
「一日中、考えてたんだ」
 恒介は薄目を開く。
「ん?」
「昨日はもう、恨みでぐつぐつ煮えるばっかで、無念で無念でただ無念で、それだけだった」
「うん」
「今日は一日中、諦める方法を、考えてた」
「……」
「もういい。――もう、誠のことはいい。あいつが先に俺達の事を棄てたんだ。だから、俺達だってあいつを棄てるべきなんだ。
 あいつとはもうこれまでにして、もっと気楽で、もっと融通の利く奴を幾らでも友達にして――」
 恒介が笑い出した。
「三年になって、卒業して、専門に進学するなりして、また新しい友達作って、あいつのことは…――子供時代の友達として、時々思い出せば、それでいいんだ。
 すごい頭のいいやつがいてさ…、すごいいい奴だったけど、途中でオンラインゲーム始めたら、マジになって、それで喧嘩しちまって、気まずくなって、付き合わなくなっちまったんだ。でもそいつ今、どこどこの大学にいる。
 うん…。エリートなんだ。そいつ、俺らの中で一番エリートだったんだ。俺達は、なんとかそいつと対等になろうとがんばったんだけど…、…迷惑をかけたり、怒らせるばかりで…、全然、相手にならなかった。
 そう、新しい友達に、言えばいい。そういう未来をシュミレーションして、そうすればいいんだ、そうすればいいんだと、一日中、思い込もうとした。
 マジで。俺今まで生きてきて、こんなに頭使ったこと、ない」
「はははは」
 恒介は明るく笑った。それから、余韻を残した口元で、
「うまくいった?」
「――いや」
 未来は首を振った。
「…うまくいかない。全然。うまくいかない…」
 自分を抱え込むように腕を組む。
「駄目だ…。俺は、また帰るぞ、レヴォリュシオンに。そんでまた苦しめるぞ。あいつのこと。
 邪魔して、足引っ張って、迷惑かける。――そうしたいんだ。そうしたいんだ。やっと分かった」
「おいでませ南州〜」
 母親の方言を真似て、恒介は水の入ったグラスをつかんだ。店員が置いていったものだ。
 未来はすぐ冷え切った珈琲のカップを取り上げる。かつん。と二つの食器が触れ合った。
 恒介は未来が、泣きと笑いが一緒くたになった、ぐちゃぐちゃな表情をしていると思ったが、彼だってそうだった。ウェイターが変な顔をして、脇を通り過ぎていく。
 それから二人で店を出て、自転車を押しながら歩いて帰った。
「楼蘭は、戻ってきたか」
「いや、昨日一晩待った限りでは、戻って来てない。別名でリスタートされたら、もう追いようがないけど」
「あの子に、ありがとうって言えなかった」
「……」
「伝えたいのに」
「俺もだ」
「太朗はチョコもらったらしいぞ。ゲームの中で」
「ぎー。あの野郎…」
 駅前の踏み切りを渡ってしばらく行くと、安田のおばあちゃん家の前に出た。解体はとっくに終わって、建設工事が始まっている。
 鉄板に囲い込まれた敷地内から、鉄の骨組みが白い空へ向かって、着々と組み上げられていた。




*




「――ようこそ、未来。名だたる騎士であった君を我が部隊に加えることが出来て、私は本当に嬉しい」
 南州ソユド城兵舎の中。面々の前でキングにそう迎えられた未来は、両手を後ろに回して一礼した。
「今や実力はヒヨコレベルというオチつきじゃが――…ごッ!」
 傍でいらんことを言うシンビの頭を、フースケのグーが思い切り殴る。
「いやシンビ殿。重要なのは人間的資質だよ。その他のことは、所詮プログラムの決まりに沿ってしか成長しないのだから」
「殴る前に言うて欲しかった。地面にめり込んだわい」
 両手でローブの頭を撫ぜる。
「ま、それはそれとして、眼鏡のフェリさんから何やらいい報せがあるらしいの」
「はい、眼鏡のフェリさんです」
「あんたもだいぶ鍛わってきたねー」
「誰のせいですか。
 ――本題です。昨夜零時、恒例の統治レベル評価の裁定がなされました。昨夜からそれ専門の情報屋がそのレベルを推し量ろうと、各地で一斉にテストを始めたわけですが…。どうやら中央州とマクシム・ソボルに対して、かなりネガティブな評定が下された模様です。
 国王に関する評定についてはデータが少ないので、呼称を明らかにするのは難しいかもしれませんが、現時点ではっきり判明している影響は、城の騎士に対する攻撃のペナルティ・ダメージが六分の一に減じているということです。
 これは他にも複数の検証がなされているので間違いありません」
「六分の一というのは、すごいな」
 元国王キングが漏らす。
「私もかつて『違反の王』の名を頂戴したことがある。
 同じようにペナルティ軽減の憂き目を見たが、その時は二割減だった。それでも騎士達に与えたプレッシャーは強かったが」
「『違反の王』ってのもアレだね、何したの?」
「何もしてない。君らが北州をハメた時だ」
「ああ…」
 違反城主と同盟を結んでいた煽りを食ったのだ。フースケと未来は気まずく笑う。
「では今回、それよりもさらにキツイ裁定が下されたということじゃの」
「おそらく。ちなみに私が持っている虎の巻を、六分の一という数値を頼りに漁ってみたのですが…。
 『ティラン』とか『ティラソ』、さらに『パルレエペ』とかいう文字列…。あと『三分の一』とか、解読不能な感じのことがゾロゾロと…」
「…うーむ。かえって混乱するな…。そのあやしげなノートのことはとりあえず、参考程度にとどめておこう。
 この件は既に我らが城主【てるみ】殿もご存知で、とにかく確かな情報を集めるようにとのお達しだ。
 向こうには『王の剣』がある。下手な戦を打てばこちらの命取りになるが、状況と情報によっては、二週後、シテを攻めることも視野に入れて準備をして下さるそうだ。
 我々の努力にかかっている。各自、虚報や計略に注意して情報を集めてくれ」
「了解」



 こうして、スユドの第一三部隊の面々はそれぞれ動き出したのだが、その矢先の翌日夜、全く新しい要素の出現によって事態が大きく動くことになった。
 東州で『革命』が起こり、城主側が敗北。古くからマクシム・ソボルの同盟主であった城主【オオタカ】が殺害され、同州の統治権が奪われたのである。



*



 東州を獲ったのは、『ナポリを見て死ね』という長い名前のクラブだった。元々中央州に根城を持つ在野のクラブだったのだが、そのリーダー【獅道】が、新国王マクシム・ソボルの干渉と支配を嫌って東州に移住。
 仲間達と協力し、クラブ単独でベテラン【オオタカ】の守るエスト城を見事、攻め落とした。
 フースケや未来は勿論、多くの人間が、彼らの華々しい成功を聞いて、『カテドラル』の過去を連想した。
 今、国王となっているマクシムも、かつてはこうやって単独でエストを落として人々の注目を集め、それからノル、シテ、と勢力を拡大しながら移ってきたのだ。
 マクシムが初めから王座を目指していたように、獅道もまた野心的だった。
 エストの城主に座った彼は当たり前のように中央との同盟を拒み、南州の『真夏』に同盟を申請してきた。
 南城に招かれた『ナポリを』の使者は、言葉遣いからしてかなり若いユーザーで、ちょっと調子に乗っていた。
 そして若くて、調子づいて、波に乗ったクラブにしか出来ないような愉快な提案をして、てるみに含み笑いをさせた。
 彼らは言ったのだ。
 同盟を結び、来週シテを攻めよう。
 我がクラブのリーダー獅道は軍事の天才である。東州と南州で攻めれば、落ち目のマクシム・ソボルなど、ひとたまりもない。



 てるみは臨席を許していたキングを見た。キングも彼女を見た。





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