レヴォリュシオン エリート







[ 18 ] 選良



「陛下。南州『真夏』と東州『ナポリを』が同盟を結びました。中央攻略という同じ目標について共闘を約束した模様です」
「各地で違反行動が多発しています」
「ペナルティ軽減の影響は、同盟州内での取り締まり活動にも同様に適用されることが判明しました」
「東州で処刑された者は【オオタカ】殿含め十一名。他の捕虜はほとんどが吸収された模様です。陛下」
「北州、コランダム鉱床地帯に不穏な動きが」
「西州城内に、中央州との同盟解消を訴える者が出ています」
「陛下、騎士達の間にも動揺が」
「陛下」
「陛下」「陛下」
「――陛下」



 アルカンは最後に届けられた書簡を、くしゃくしゃに丸めて床に投げつけた。
 『都市の間』にはマクシム・ソボルと、他にアンリエットがいた。転戦する毎に執務室は広く豪華になり――それに相反するように人数は減った。
 アンリエットは初めて彼らと出会った東州の、手狭な一間を懐かしく思い出す。その城も今は、別の男のものになってしまった。
 アルカンは、憤懣やるかたないといった様子だった。それは寧ろ革命者に対してというよりも、【オオタカ】の不甲斐なさに対する怒りであり、もし自分がそこにいたのなら、このような失態はなかった。主マクシムに恥をかかせることはなかったのに、というものだ。
 アルカンは、自分と同じくらい深い忠誠と犠牲を他者にも求める傾向がある。それが彼を懲罰的な行動を取らせる。全てが『裏切り』という言葉に集約していくのも、そのせいだ。
 今回も彼は国王に向き直り、言った。
「陛下。私に今一度『国王の剣』をお与え下さい! 今すぐ東州に寝返った連中を誅し、東州の騎士を誅し、シテの攻略など考えることも出来ないようにしてまいります。
 その上で北州・中央州の連合軍を組織し、次の戦争時間帯に東州へ攻め入り、【獅道】とやらの首を地面に落としてくれましょう!」
 アンリエットは表情になにものも浮かべないまま、マクシムの反応を見守った。
 王は、何故か机の斜め後ろに吊るされた剣の事を見ないようにした後、首を振った。
「――今回は、ならん」
 その答えは、アルカンには勿論、アンリエットにさえ、いささか意外なものだった。
「何故でございます?」
「私は今、力に頼りすぎた王として、制限を受けている最中だ。そのペナルティの全容が未だに判明していない状態で、下手な動きをとれば足元をすくわれる。
 それに、アルカン。…私達は今までにこの武器を、少し振り回しすぎたのではないか」
「――…」
 青年の体の中で、自尊心に大きな傷がついたのが分かった。ガラスがこすれる音を聞いたときのように、アンリエットは目を反らす。
「…陛下、私を非難なさるのですか…」
「……」
「――私は両手を血に染めて参りました。誰よりも染めて参りました。未来が狩っていたものは敵に過ぎませんが、私は味方の始末を引き受けてまいりました!
 …それも全て、陛下の御為です。陛下の両手を血に染めまいと思ったからです。そのことを今になって責められるとは…。心外です…」
「責めているのではない」
 マクシムは静かに恨み言を否定した。
「だがお前が国のため、私のためと思って行なうことが、逆に私を追い込むこともあるという事実を理解してもらいたいだけだ」
 アルカンは靴を鳴らして一礼すると、『都市の間』から出て行った。
「……」




「思い出すな。君らが北州を落とした時、同じような混乱が起きた。混乱、離反の動き、陰謀、嘲笑…」
 キングもだいぶレベルアップして、徒弟よりマシな格好が出来るようになっていた。両手を鎧の腰に当てたまま、部屋を歩き回る。
「君なら、どうする? フースケ君」
 足をだらしなく組んで椅子に座る彼は、その問いに目を上げた。
「さあ。まず、和平ですか」




 執務室の中に、アンリエットの細い靴音が響いた。近くの椅子の向きを変ると、マクシムの側にゆっくりと腰を下ろす。
「…では、和平を探られますの?」
 マクシムは立ち上がり、無言のまま窓辺へと歩く。




「シテは今、病気にかかってるようなもんでしょ。我が身の事情すら知れない状況で無理をしたら、命に関わる…。
 俺なら一時的に和平関係を結んで、この統治レベルが改善されるのを――つまり病気の治るのを、待ちます。
 南・東州は同盟を結んだが、絆はぺーぺーで実質的には口約束のレベルだ。南州とは敵対中とはいえ、元の仲間が大勢いる。…城主【てるみ】も、あの【獅道】とやらに比べれば全然話せるほうでしょう。
 窓口を叩いて、その気になって譲歩を示せば、同盟を勝ち取り、東州と手を切らせることだって不可能ではない。
 その上で混乱を整理する…。って、言うのは簡単だけど、出来るのかなあ」
「そうだな…。私も当時、何とか建て直しを図ろうと思ったが。最後までうまくいかなかったよ」




 マクシム・ソボルは足を止めて、振り向いた。
 数分前にはアルカンの徒に攻撃的な態度を戒めたのだから、彼だって和平に心が傾いているのかとも見えた。だが、彼は、
「いいえ」
 首を振って、きっぱりと言った。
「和解はしません」




『――ほーい。シンビちゃんじゃ。
 シテに方針が貼り出されたぞ。東南州の同盟を、真っ向から迎え撃つとある』
 遠く離れた棕櫚の国で、キングとフースケは顔を見合わせた。
「あらあ」




「こういう事態になった以上、安易に力に頼ることは避けねばなりません。しかし、だからと言って妥協するつもりは毛頭ありません」
「――…」
「私は今まで、何一つ違反行為をしていない。
 人を騙してもいないし、ズルをしてもいない。自分の仕事を怠けたり、手抜きをしたこともありません。
 何一つ、恥じることなどないのです。私はちゃんとやってきた。誰に対しても、偽りなく説明できます。
 だから、どうして、私が折れなければならないのですか。
 人々の評価は確かに無視できないものがあります。でも、だからといって、自分よりもレベルの低い人間達の機嫌をとる必要などないはずだ。
 私は、それは満点な人間ではないかもしれない。でも卑怯者でも、犯罪者でも、嘘つきでもない。
 正しい手順を踏みました。そしてその資格があるが故に、ここにいます。萎縮などしません。そんなことをするいわれはないのです」
 アンリエットは笑い出した。
「間違っていますか、アンリエット」
 マクシムも笑いながら聞いたが、その声は真剣で、今までになく、――真摯だった。
 彼女は「いいえ」と優しく首を振る。
「あなたは正しいわ」
 赤子を抱く教会の彫像のように、穏やかな目で彼を見詰めた。
「ただこの世には、正しいか間違っているか、さして問題ではないことのほうが、たくさんあるというだけよ」
「そうかもしれない。――しかし私は抵抗します」
「……」
「決めたんです。これしきのことに、負けはしないと」




 『彼』は、上下の歯を噛み締めるようにして笑った。




 彼女は、どうしてマクシムがこれほど『王の剣』を敵視しているのか疑問だった。
 彼は今も、それを睨んでいる。それは破滅から彼を守る最後の武器のはずなのに。
 しかし、それを振るう彼よりも、離れて立ち、それを憎む彼の方が美しいと思った。
 彼は確かに孤独だったが、今は、凛としていた。誰の助けも借りず、たった一人で暴れる感情を飲み込み、恐怖を揺るがぬ決意に還元して見せたのだ。
 そうして中心が不動であったので、動揺したのは周辺だけで済んだ。恐怖の大魔王が降ってくると半ば期待していたシテの市民らはアテを外され、がっかりした。
 そしてその週末、東・南州連合軍と中央軍は、シテ城で戦端を開いた。



*



 シテ城が攻略しにくいのは、廊下が巻貝の殻のように、回りながら上昇してゆく構造になっていて、核心にたどり着くまでにひどく手間取るためだ。
 しかも、現在判明している限りでは入り口は一箇所しかなく、城内で道が分岐するまで、五つもの区画を突破せねばならない。
 日本のどこかの城をモデルに作ったというが、さもありなん。区画ごとに守備側の抵抗を受けるから激しい消耗戦になるし、退路の確保も苦労だ。おまけにとどのつまりには『王の剣』が待機していると来ている。
 第一回目の時は、それは気にしないでよかった。第二回目の時は、その脅威を我が身に引き受け、ギリギリのところで勝利をもぎ取った重戦士がいた。
「あの時の未来君はホント怖かったよ。闘牛の牛みたいに、血を吹きながら突っ込んでくるんだもの。
 本音を言えば、剣を放り出して、両手挙げて逃げたかった」
「今じゃこんなに低レベルになっちゃって。ははは」
「……」
 戦場にあって戦えないつらさに、むっつりしていた未来は、からかうフースケをじろりと睨んだ。
『にしても【てるみ】は、あんなボインなくせして結構策士だのう』
「胸は関係ないでしょう、シンビ君…」
「やー、でもマジでそうだよね。これじゃ一方的に東州の連中が死ぬだけで終わるぜ」
 フースケの指摘したとおり、東州と南州の軍事同盟は対等な条件で結ばれたものとは言えなかった。
 寧ろ『ナポリを見て死ね』の【獅道】の満々たる野心に、南州がちょいと力を貸してやったというか…、もっと言うなら、けしかけたという格好だ。
 今も突入に備えているのは東州軍だけで、南州軍は下がり、後衛を引き受けて安穏としたものだ。
「『おバカさんの戦力と、城の秘密をせいぜい探ってらっしゃい』なんて言ってましたからねえ」
「【獅道】は気付いてないのか?」
 と、未来。
「いや、気付いてはいるだろうが…」
 キングの視線を、自然とみんながたどった。南州軍の中に黒い帽子をかぶり剣を持った、妙に小柄な男がいる。
「おっし、おめーら、いいか! こんな城どうってことはねえ! 根性出せ! 男はど根性だ! アゲアゲ☆で行くぜ! おーっ!!」
「…彼にとってはどうでもいいことかもしれん…」
「俺もあんなテンションで生きてみたい」
 ともあれ月が青白い横顔をのぞかせ、戦争時間帯に突入すると同時、攻略戦は始まった。



 巨大なシテ城の玄関口。閉じられた威圧的な城門を、東州兵らが大槌で、殴る。
 どー…ん。どぉぉ――…ん。
 という、腹に響くお馴染みの音がとどろく中で、フースケらは当初の手はずどおり、散らばった。
 彼らの今回の目的は、落命することなく戦場にとどまり、シテがどの程度の状況になっているかデータを集めることだ。
 無論、機があれば積極的な加勢をとは言われていたが、てるみは初手からこの戦でシテを落城させられるなどとは思っていない。
『くれぐれも、あの魔剣には気をつけるのじゃぞ、フースケ。おぬしまでリスタートということになったら、大革命は半年後じゃ』
『分かってるって――…ん?』
 フェリックスと共に、東州の兵士達の後ろに紛れ込んだフースケの目が、開かれる。
 シテの城門の耐久度が、驚くほど低い。
「ば、馬鹿な…? すぐ破れるじゃないですか。あんなのじゃ…!」
 慌てたフェリックスから問い合わせを受けた未来はその数値を聞くと、後陣のキングの隣で首を振った。
『…いや、強度を変えたということはなかったはずだ。その数値は低すぎる…。通常の、三分の一くらいじゃないか』
「…三分の一?」
 その数字には馴染みがあった。ノートの記載だ。
「…まさか、城の装備の耐久値が軒並み三分の一になっていると?」
 フェリックスの顔を見るフースケの耳に、獅道の調子に乗った声が聞こえた。
「なーんだあ? 耐久値がむっちゃ下がってるって噂はマジだったのか? 一体、どんな評価受けちゃったんだかねー。
 つまりこれって天意ってことだな! ワンマンな国王を倒せってことじゃない! だろ?!
 おーし! 陰険でエラソーな、性格の悪りぃあの陛下を、引きずり出してキンタマ切り刻んでやろうぜ! それが天の、思し召しだ!」
 勢いづいた東州兵がどんどん城門を壊していくのを遠く見つめながら、フースケは思わず呟いた。苦虫を噛んだような顔だった。
『シンビ…。あの、段原とかいう男さあ、俺らをなんだと思ってるわけ?』
『あん?』
『コマ? オモチャ? そうじゃなきゃ人形かなにかだとでも、思ってんじゃないの?』
『…ダンバラとは、世界の創造主の名じゃ、フースケ。そして古今東西、創造主の悪意を怨嗟する人の言葉は、列挙にいとまがない。
 人間にとって創造主とか親は――そういうものじゃろう。彼らがなければ我らはない。それでも、彼らが敵なのか味方なのか、最後まで、はっきりはせん』
 ばあん! と城に一つきりの城門が打ち壊され、兵士が城内へなだれ込んでいった。
 獅道の兵士達は意気盛んだ。レベルも決して低くない――。加勢如何を決めるキングは眉を動かし、フェリックスがまさか、といった顔でフースケを見た。
 彼はそれに答えを返すのがいやで、黙ったまま戦場へと紛れていった。



 意外にも、城門から始めの分岐にいたる五つの区画には、全く敵兵の影がなかった。
 そしてやはり、各区画の扉の耐久度は馬鹿みたいに低かった。兵士達は勢い込んで半紙のように弱いそれを蹴破り、誰もいない回廊をひたすらに遡上する。
「よっしゃ、これは行けるぜ!」
 獅道の喜び勇んだ声が兵達を励ます。
「これまで犠牲ゼロだからな!」
 と、行く手の道が壁にぶつかり、左右に分岐した。道が細くなり、その別れた道が城の外縁をぐるりと取り囲む形になる。
 回り込んでいくと階段があり、上階に続く。後は最上階の国王居室まで、同じしかけが少しずつズレて積み重なっている。
 そしてこの一階の分岐区画のみ、二階に張り出したバルコニーからの遠距離攻撃の範囲内だった。
 一気に五区を走り抜けてきた兵士達は、ここでやっと術師による攻撃を受けた。だが、すぐに駆け抜けられるはずだ。彼らは甘んじてそれを受けながら、勢いをとどめることなく、左右の扉に殺到する。
「――…?」
 二隊の両方ともに、戸惑いが生まれた。この分岐区画に限って、いつまでたっても、いつまでたっても、扉が開かないのだ。
「な、どうしてだ? ここだけ…」
 扉の前に人がたまる。その間にも上からは火球が降ってくる。急げ急げとせかされて、工作兵が汗をかきながら殴り続けると、ようやく六度目に、扉が破れた。
 その向こうに、数え切れないほどのNPC兵が待っているのを見た東州兵は、絶句する。
 次の瞬間、彼らは一斉に同じ動きで、突撃してきた。



『なに? どうしたって?』
『――だから。あんなノートなんか棄ててやるって言ったんだよ!!
 城門と、分岐区までの扉の耐久度はわざと下げてあったんだ。ペナルティじゃない!
 そうだと誤解し、油断しきって分岐区画に全員がなだれ込んだところを叩かれた。獅道はなんとか戦線を下げようとしてるが、予想外の大混戦になってる』
『なにっ…。じゃあ、分岐区画で止まってるのか? 二階からの遠距離攻撃の餌食じゃないか!』
『馬鹿げた量のNPCの奥に、エリートどもがいやがるんだ。前に進めば殲滅される。だから獅道は全体を後退させようとしてるんだが、兵隊どもはまだ前進の意識が抜けない。
 何が起きたか分かってない。――罠に落ちたことに、気付いてないんだ。
 …キング! 評価は税収と関連してないぞ。城中のNPCをかき集めた上、惜しげもなく消費してる。ここで一気に潰す気だ!』
『――だとすれば彼は…、我々南州兵が動かないことを、知っているのだね』
『……』
 フースケとフェリックスは引き上げてくる東州兵に押され、さらに一区画後退した。



 それでも獅道らはかなり粘った。彼は自軍を囲い込むようにしてなんとか一区画を後退させ、左右から追いかけてきた雲霞のようなNPC兵をほとんど切り払った。
 だが、その霧の消えた向こうには、未来の鍛えたエリート軍団が整列し、音も立てずに待っているのだ。
 さすがに獅道も馬鹿ではない。してやられたと、分かっていた。
 このまま先に進んで、派手に戦をしてもいい。だが勝負は見えている。捕虜として人を取られるのは痛いし、キャラ消滅となれば、尚更だ。
 東州の兵達は、城門を壊しNPCを殺しただけだ。なのにもう、勝敗は決してしまった。
 あの陰険で、エラソーな、性格の悪りぃ陛下に、指先一本で弾き飛ばされたということだ。勿論、噂もガセだったのだ。
「――うあ、ハラ立つなあ。だからインテリって嫌いだよ。やることが陰湿で。 絶滅収容所とか建てんの絶対そういう奴だぜ、間違いねえ。俺が天下取ったら、絶対穴に埋めてやるからなあ」
 獅道は毒づくと、腰に下げた袋からブルーサファイヤを取り出して、ごくんと呑んだ。
 エリート達の中にいたアルカンが、獅道のとんでもない芸当を目の当たりにして、眉根を曇らす。
「――お。きれいな顔の兄ちゃん。面白いだろ? もう一個呑んでやろうか」
「結構だ…」
「あんたがアルカンか。知ってるぜ。『レヴォリュシオンの大天使』だろ。『王の剣』で何人も、闇に葬り去ってきたってな。会えて嬉しいぜ。
 負け戦の記念にいっちょ俺の相手しろよ」
「――…」
 アルカンの躊躇を、獅道は見逃さなかった。
「出来ねーのか。あっそ。『王の剣』がなければ出来ねーってわけだ。
 あんたの主におかしな裁定が下った理由がよく分かるなあ。
 『王の剣』は処刑道具だ。道具は人間が使うもんだ。だがお前らは道具に使われた。だから、名誉な称号を頂いたってわけだ。あんたのせいだな」
「……!」
 アルカンは、きん。と鍔が鳴るほど力任せに剣を抜いた。そして、整列する騎士達のなかから一人、進み出る。
 獅道はにやりと笑い、既に手に持っていた剣の血潮を払った。
「いいねいいね。どうせ殺すならあんたみたいに美形殺すのが楽しいね。つか、俺の部下になりなよ。あんな石頭に仕えて、なんかいいことある? どうせ散々ぱら汚れ仕事をさせられて、冷たく切り捨てられるのがオチだぜ」
 アルカンは、剣を構えたまま答えなかった。
「あの男はそういう奴だよ。人の気持ちなんか分からないって顔してら。あんたがどんだけ誠意ささげても、どうせ一方…」
「――黙れ!」
 踏み込んだ。剣が受けた。アルカンは早い。曲がって刀身が半月に見えるほどの攻撃が、矢継ぎ早に繰り出される。
 皮膚に当たる寸前で辛くもそれらを受け止めた獅道は、笑いなら後退する。が、あっさりとその間合いに馴染み、自分のものにすると、次には果敢にそれを押し返した。
『撤退しろ!』
 獅道の囁きが軍内に響いた時、フースケはちょっと口笛を吹いた。アゲアゲ☆でも指導者だことだ。
 勿論、アルカンもすぐ意図に気付く。
「追え!」
 我に返った騎士達が一斉に動き出した瞬間、獅道が隙を見せたアルカンの横腹に激しい蹴りを入れた。
「ぐうっ!」
 こらえきれず細い体が、床へ落ちる。目を光らした獅道はその襟首に手でも伸ばしそうに見えたが、アルカンのうずくまる後ろに、剣を下げ、異様なオーラの出ている男が立つのを見て、薄笑いを浮かべた。
 一気に身を翻す。兵士達の最後尾に迎えられ、退却していく獅道を、マクシム・ソボルは黙って見送った。
 やがて肩で息をつきながら、恐る恐る顔を上げるアルカンに、掌を、差し出す。



 兵士達はほうほうの態で戦争区域から脱走した。
 東・南州連合軍によるシテ攻略戦は、攻撃側の見事な敗北で終焉した。



*



 マクシム・ソボルは『僭主』とみなされた最初の二週間の混乱を、攻撃を、動揺を、見事に自力で堪え切った。
 それを見て、人々は、黙らざるを得なかった。彼は確かに、他者に厳しすぎる面があるのかもしれない。彼が『カテドラル』のオリジナルメンバーを、自分の出世の途中で切り捨てたことは事実だ。
 だがそれでも、彼は確かに大革命を成し遂げ、国王の座に着くに相応しい技量と真剣さを持った選良。
エリートなのだった。
 まぐれや伊達でそこにいるのではない。生半可な気持ちで彼に挑戦しようとしても、並の努力と犠牲では及ばない。
 ましてちょっとくらいの才覚をアテにしたり、相手の弱みにつけ込んだ勢いだけの行動では、彼に傷跡さえつけることは出来ないのだ。
 彼はもう、段原の後継者とは呼ばれなかった。
 マクシム・ソボルと呼ばれた。
 彼は正当な手段でキングを倒し、王位に就いた。
 城内でも城外でも、多くの人々はその意味を、言葉よりも深い場所で理解した。フースケや未来やアベじい達は、尚更のことだ。
 再び城主裁定がなされ、マクシム・ソボルは変わらぬ不名誉な評価を続けて受けたが、もはやそれだけでは、人々は興奮も期待もしなかった。
 同じ金曜日。南州から以下のような布告が、全州に向けて発表された。



【布告】
 南州『真夏』は、三月一六日(日)の戦争時間帯、中央州シテ城に対して攻撃を行なうことをここに宣言する。
 その目的は『大革命』であり、当方に同盟者があっても、単独であろうとも、かかわりなく遂行される。国王側に同盟者があってもなくても、同様である。
 かつて現国王マクシム・ソボルは、『城主同士、互いになんの屈託もない状態で堂々と渡り合う戦い』こそ、本望であるとのたまった。
 この布告は、その公正な戦いを行なうための宣言であり、それ以外の目的の為にこの布告を利用するものは、南州の名においてしかるべき非難が与えられるであろう。





「本当にいいのね?」
 と、てるみは印章を押す前に確認した。その日、南州にはスコールが降っていた。白大理石造りの瀟洒な宮殿には、雨音が拍手のように響いていた。
「後戻りは出来ないわよ」
「ええ。分かってます」
 フースケは両手を後ろに回し、未来と共に立っていた。
「でも本当はいつだって後戻りは出来ないんです」
「日付も、これでいいのね? ベータ版終了日。次週持ち越しは、不可能よ」
「あー。ソレは仕方ないんすよ。その前後に、学年末テストがあるもんで…」
「彼の勉強の邪魔をしないようにしたいのね?」
「や、つーより、俺らのPCライフが危険…」
 な。とフースケは冴えないツラをしている未来を見返る。
 てるみは苦笑いを浮かべると、いつものように印章にハーと息を吹きかけ、勢いよくべっと押しつけた。




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