レヴォリュシオン エリート







[19] 戦い(上)



 試験勉強を始めるに当たって、俺らは以下のような目標を掲げた。

・ 赤点は獲らない
・ どれか一科目だけでも、七五点以上獲る

 これで目標なんだってば! 後ろを七割にするか八割にするか結構もめた。何しろ誠抜きで試験に臨むの、これが初めてだったからね。
 朝昼晩と勉強して、放課後や休日はファミレスに集まった。いつもあの席だった。
 時々、誠が外を下校していくのを見た。彼はいつも一人で、ちょっと咳き込んだりしながら、前だけを見て歩いていった。
 ある放課後、テーブルの横に安倍ちゃんが立つ。
「クラスの連中、とうとうお前達まで受験体制だって嘆いてた」
 二年の終わりだからね。
「誠と仲悪くなったの知ってて、お前らで誠に対抗する気なんだろうって言ってたよ」
「勝負になんかならねえだろ」
 未来がとても辛そうな顔で言う。彼はとにかく勉強が苦手だ。だが精神論は好きで、
「けじめだよ。けじめ」
 逆に安倍ちゃんが鼻白む。
「安倍ちゃん。俺ら――今度の戦いで、ちょっと、誠に言いたいことがあるんだよ。
 だから、あいつの背中から降りないといけないだろ。あいつに文句言うのに、おんぶしたままじゃ、気持ちが悪いじゃん?
 あいつと張り合えるなんて思っちゃいないよ。でもまあ、意地かな。それに、本当はもっと早くから、こうしてなきゃならなかったよな」
 すると安倍ちゃんは鞄を置き、コートを脱いで、俺を席の奥へ追いやってそこへ座った。
 それから、俺らの見ている前で鞄を開け、勉強道具を出す。ガリガリ始める。
 こうして、俺らは三人になった。ゲームのことは、一切話さなかった。
 誠のことだから、勿論気付いていただろう。でも気付かないふりをしていた。精一杯の憐れみだったのかもしれない。
 当日が来て、俺は前の方から聞こえてくるマスクごしのあいつの咳の音を聞きながら、試験を受けた。



 学年末ということもあって、教師達はものすごいスピードで採点した。試験が終わって三日後の金曜が終わる頃には、全部の点数が出揃っていた。
 体調が悪かったんだろうけど、どうなんだろ、と蓋をあけてみたら、誠はいつも競る数人を押さえて学年トップだった。
 ――いやだわ奥さん。獲れないですよ、普通。学年トップは。
 唸り声が聞こえたんで、掲示物の前で振り向いたら、未来が評論家の先生みたいに腕組みして悩んでた。
 さて上位十番にかすりもしない俺達三人は、神妙な面持ちでその日もファミレスに集合し、カードゲームみたいに呼吸を合わせた後、一斉にテストの束を、出す。
 次の瞬間、店内の客と店員が、すごく迷惑そうな面でこっちを振り返った。
 ごめんでもしょうがないじゃない。大騒ぎしちまうこともあるんだよ!
 ちゃんと獲ったぜ、全員が得意で七五点。安倍ちゃんは生物、未来は倫理、俺は現国。
 そして赤点はなし! 二八点なんて教科もあったけど、その科目は平均点の半分以下が赤点設定だから、いいんだい!
 乾杯だ。乾杯するぞ!
 ドリンクバーに殺到する俺らの隙をついて、ちゃっかり店員が机の上を見てやがんの。
 白けた目で、騒ぐほどの点数じゃないじゃん…。その通り。でもキミには分からないんだ。
 俺らはそれに自分を賭けてたんだ。誰かに対峙する資格があるのかどうか。人にもの言う資格があるかどうか、この先の人生も割と含めて、真剣な気持ちで賭けてたんだから。
 やればできるってことかねえ。
 安倍ちゃんの言葉に未来が言う。
 俺、なんか試験中、変な気出てたらしくて、試験監督の先生がビビってたよ。にしても毎日ムチャクチャ疲れたぜ。柔道でも何時間もぶっ通しで勝負してるってことはねえからな。…毎日、こんなふうに真剣勝負で生きるの、体力いるだろうな。
 そんな奴…
 安倍ちゃんは途中で声を変えた。
 いる、か…。
 まったく俺ら、最上にして最悪の幼馴染、持ったよな。
 夜と一緒に再び冬が戻ってくる前に、急いで家へ帰った。中央線は今日もガーガー走っていた。俺らは飯の後、約束を果たすためにもう一つの世界へINした。
 はっきり言おう。俺らはこの点、恵まれてる。
 いい時代に生まれた。
 オンラインゲームなら理由はいらない。戦ってみたい相手と、同じ条件で、いつでも自由に、勝負することが出来るんだから。




*




「はぁい、みなさん。【てるみ】よ。お元気。
 さて、遂に三月一六日、日曜日がやってきてしまったわね。
 ベータ版最終日。正式版は程なくリリースされるけど、限られた人数でこういう濃密なコミュニティが作れるのは今日が最後かもしれないわ。何もかも悔いなくいきたいものよね。
 私達が最後の戦いに選んだ相手は、国王マクシム・ソボル。レヴォリュシオンに三人出た国王の中でも、最強と言われるエリートの主よ。相手に不足はないわね。
 この戦いに勝っても負けても最終日――。とにかく根性入れて、それぞれが忘れられない一日にするのよ!」
 六〇人近いユーザーが、はーい! と演台のてるみに向かって腕を突き出す。この掛け声は南州ならではで、なんかニヤニヤしてしまう。幼稚園か。
 時は既に夕刻。大きな太陽が西を焼き焦がしながらゆったり沈んでいくところだった。こんなだったのか? と甲冑姿の未来が目で聞いてくる。東州戦のことを思い出してるのだろう。
「みんな! バックはこの【獅道】に任せてどんどん行ってくれ! 回復部隊も擁してるからな!」
 続く獅道のアピールに、フェリックスが苦笑いする。眼鏡の下で目が線だ。
『加勢はありがたいですが、あやしいですねえ…。後衛に甘んじるような男じゃないでしょう』
『俺、結構あの兄ちゃん好きだけどな』
 ええ? と言う顔をされるが、嘘じゃない。
 何より先の攻略戦のとき、彼は大失敗と分かった時点ですぐ撤退した。ために東州は取り返しのつかない被害を受けずに済んだ。
 戦争としては不発だったが、君主に不発さを引き受ける器があれば、部下は犬死せずに済む。
「…その分、今日の戦争に燃えている可能性がありますけどね」
 ごもっとも。
「…あんた、意地の悪さが完成されてきたね」
「誰のせいですか」
 キングがメンバーに挨拶して回っている。ベータ版は今日で終わり、しばらくゲームで会うことはない。俺の前にもやってくると、手をぐっと握る。
「フースケ君。期間は短かったけど、君と遊ぶのはとても楽しかったよ。初めから、君らが僕の部下になっていれば、僕は千年王国の主だったろうに」
 それはどうかな。俺が王なら、身内にマクシムや未来を抱えて安穏とはしていられまい。
 その時には不安のあまりキングが俺らを粛清して、ひどい城主評価を食らっていたかもしれないぜ。
「あんたのおかげで三州を渡り歩いた有名な変節漢になれましたよ」
「公式版もプレイする予定かね?」
「今日次第です」
 俺は目の前に聳え立つ、大きく、グロテスクな、――今始めて気付いたが人間の心臓のような形の、シテ城を見上げる。
「すべてコレにかかってます」
「そうか。では精一杯がんばろう」
「ええ。よろしくお願いします」
 夕焼けが音もなく引いていって夜が来た。東の空に、巨大な満月が現れる。
 それがまるで誰かの目のように悠然と、生粋の騎士と生き恥をさらす幽霊達が入り混じる、雑多で不揃いな南州軍を見下ろしていた。
 第一部隊の隊長が腕を上げて叫ぶ。
「――突入!」




「…やはり西州の軍も、北州の軍も、同様に加勢することが出来ないようです。意志とは関係なく、恐らく統治評価がその原因であるかと存じます。
 ほうぼうに勝手な噂が流れており、部下達の間に動揺が広がっております。一説によればあなたの呼称は現在――『孤独の王』であるとか。
 …陛下。これは、本当のことですか」
 シテ最上階の『都市の間』。僅かに責める気色のアルカンに対し、城主マクシム・ソボルは無言だった。
 横から代わるように、アンリエットが呟く。
「アルカン、評価は運営側が下す一方的なものよ。…陛下がどのように立派な君主であるかは、あなたもよくご存知のはずでしょう」
 アルカンは草臥れたような悪感情を込め、欝然と彼女を睨む。
「どれほど立派な君主でも…、自分が仕えている主が『孤独の王』だと聞いて、疑問を感じない部下はおりますまい。
 本日も、六名の無断欠席者が出ております。陛下。最初にこうした動きが出た時、きちんと対策を取っていれば、このようなことにはなりませんでした。どうして、その命令を与えて下さらなかったのですか」
 マクシムは王座からゆらりと立ち上がった。いつの間にか髪が伸び、端がばさばさになっていた。素の端正な顔立ちが逆作用して、無精にはならず、寧ろ崩れ、荒んだ印象になる。
 その髪の奥から、鋭く青い目が、細く笑って言った。
「去るものは、追わずだ…」
 ――アルカンは、受け止められず、目をつぶった。眉根にぐっと力を込めて、こみ上げる無念さを噛み殺そうとする。
 妥協がないことは、前と変わらない。問題はいつ頃からか、国王が説明も操作もしなくなったことだ。
 彼は執務室へ閉じこもり、何か遠い、別の事を考えている風で、城下で人々が何を噂し、それが部下達に何をもたらしているか、全然頓着していないように見えた。
 アルカンは、彼の情熱の矛先が変わったことを察していた。彼の行動を突き動かしていたパトリスへの思慕がほぼ完全になくなった今、彼は部屋に籠もり、自分の吐き出した空気だけを吸って、何か――考えるのも腹立たしいほど不吉な何かを、待っているようですらある。
 アルカンは、踵を打ち鳴らして敬礼すると、四つの間を取り巻く最上階の廊下へ出た。
 遥か下方には、小さな虫のように城門前に集合している南・東州連合軍が見える。
 去るものは追わず。
 そして来る者は拒まずなのか。
 見上げた彼の瞳に、冴え渡る白い満月が映った。



『どれくらいの人間が、気付いてると思う? 月が神の目だって。戦争時間が来るたびにこうやって創造主が、上から人の殺し合うのを眺めてるんだって』
『あんたのように趣味のいい人間は滅多にいないよ、段原。今回は命拾いしたらしいけど、どうせ最後は地獄行きだね』
『その入り口は、生きている人間のすぐそばにある、渡。もっと分かり易く言った方がよかったか? 孤独の王なんて回りくどかったかな?』
『…あれ、お前は地獄にいるぞって意味だったわけ? あんた、ヒドイね…!』
『俺はあいつが他人に与えたものをあいつに戻してやっただけさ。――さあ、始まったぞ。南州の工作兵が、城門を叩き始めた』



 どぉーん。どおおー…ん。
 攻略戦お馴染みの騒音が、兵らの足元をびりびりと震わす。
 城門その他の耐久度は既に通常値であり、今回は心理的仕掛けなどの小細工はない様子だ。だがそれは同時に、シテが難攻の砦に戻っているということでもあった。
 南州兵は割と手早く城門を破った。やはり普段の攻略戦とは気迫が違う。が、それは守備側も同じことで、最初の区画から強い抵抗に遭う。ベータ版最後の日を、負け戦で飾るわけにはいかないではないか。
 南軍は、やがて二又の付け根にバルコニーが張り出した、例の分岐区画まで遡ったが、ここでも容赦なく攻撃が降ってくる。南州軍は必死に工作兵を守るが、ますます激しい消耗戦が展開されていった。
「広いな」
 フースケは思わず呟く。
「こないだの倍は広く感じるぜ。しかも半分以上NPCでこれってんじゃ…」
 とは言いながらも、ほどなく一階部分が攻略された。南軍は円形の建物の裏側にかけられた二本の階段を確保する。
 さらに二階へ上って、バルコニー部を制圧する必要があった。張り出しからの攻撃が、南州軍の前衛と後衛とを分断している状態だからだ。
「簡単には行かせてくれないでしょうね」
 フェリックスが血を浴びたメガネに息を吹きかけ、清掃する。
 ここから先は、エリートたちの区画だ。
「――行くか」
「はい」



 それは砂山のような末広がりの城を、下から順に攻略していく戦いだった。目指す国王の体は最上階、四階にある。
 攻撃側としては一気に四階まで走れれば言うことはないが、シテは各階ごとに階段がズレていて、結局ほぼ全区画を制圧しないと上へ上がれない構造になっているのだ。
「悪意に満ちた造形の城だ…! 段原なんか、小指をタンスの角にぶつけるがいい!」
 やっと敵を切り伏せ、忙しくサファイアを発動させたフースケがわめく。
「害意が足らないぞ!」
 大斧を振り回しながら、未来が怒鳴り返した。彼はここ数日、死に物狂いでレベルを上げ、やっと無骨な大斧を扱えるようになっていた。そのどうにもモサっとした感じが、かつての放浪の時代を思い出させる。
 未来は、自らのレベルの低さに躊躇せず、昔と同じように、果敢に攻め込んでいった。その勇気に励まされるように、幽霊達も戦い続ける。
 彼が隊にいると全体の動きが違った。かつて曽房誠が言ったように、大森未来は、確かに体だけの人間ではないのだ。



 攻略戦開始から一時間半。ようやく南軍は二階バルコニーを支配下に置き、ここへ後衛部隊が移動してくる。
 前衛の騎士達の回復が行なわれ、武器の交換、及びアイテムの補充がなされた。騎士達は汗を拭って一息つくが、逆にここから先は、こういった場所は望めない。
 二階の残りの部分。さらに三階・四階は時間のためにも自力で戦い続けねばならない。
 南州城主てるみは、準備を終えたフースケが近寄ってきたのを見ると、肉厚な足を組んで笑った。
「――私は、ここでどっかと構えておいていいんでしょうね?」
「獅道さんとしりとりでもしててください」
「いやだわよう」
 てるみは横に控える侍従から剣を取り、それを彼に差し出した。
「大切に使ってちょうだいね。…私は自分の剣を、他人に貸したことはないから」
「はい」
 フースケは深く頭を下げ、南州の『城主の剣』を、受け取った。てるみの周囲を騎士が囲む。彼女は戦場において、その最強の武器を手放したのだ。



 月の中でパトリス=段原が、目を細める。



「よし行くぞ! 残り時間は二時間十分!」
 本格的な攻撃が再開される。既に戦いを始めていた隊の後ろから、回復を終えた騎士達が加勢し、一気に二階部分を制圧した。
 三階――。ここは各種情報から、アルカンが直接指揮し守っている階だと知れていた。二本ある階段をまず奪おうとした南州軍は、その守りの堅さに、火傷した手を引っ込めるみたいに体を引く。
「うわおーう。すっごいにゃ」
 こんな時までピンクのロリ服でネコミミカチューシャつけたキメキメのエナメルが、寧ろ感嘆の声を上げる。
「残りの術師、暗殺者も、前へ!」
 援護の量を増やしても犠牲は減らなかった。後は勢いだ。彼らは仲間の騎士達の屍を踏み越え、獣じみた叫び声を上げながら三階へ突っ込んでいった。
 三階から本殿、四階へ到る階段はたった一つだ。アルカンはその一区画へ誰一人たどり着けないよう、三階をいやというほどエリートで埋めていた。
 なんとか三階へ這い上がった南州軍は、まだ進軍を続けていたが、そのスピードは目に見えて落ちた。これがやがて、マイナスとなり、押し返され、流れが敗戦へと崩れるのかもしれない。
 スユドの騎士達の頭に、初めて焦りが兆す。一気に勝負を有利にしようと繰り出す大技が、次々と弾き返され、南軍の歩みは、遂に止まった。
 アルカンは四階の廊下の欄干の上に立っていた。まるで背中に羽根でもあるみたいに目を閉じたまま、階下から聞こえてくる激しい殺し合いの音に、静かに耳を澄ましていた。



「――あの子は、傷ついているのですわ」
 静まり返った執務室の中に、アンリエットの声が響く。
「あなたが何もお命じにならないから。あなたが、何も守ろうとなさらないから」
 王座に腰掛けたマクシムは、彼女と反対の方向を見つめながら、珍しい小さな声で言った。
「あなたもどこかへ去られて、いいんですよ」
「…いいえ。マクシム。私は、最後まで見届けます」
「……」
 感情を隠し、ひどくゆっくりと振り向く彼を、アンリエットは両手を回して抱きしめた。まるで大きな子供を抱きしめる、城の女王のようだった。
 彼女はやっと自分の役割が分かったのだ。この少年は、本当に。本当に、何でも独りで出来てしまうから…。彼に関わりたいと願う人間は、苦しい思いをする。
「……」
 青白いマクシムの手が持ち上がり、自分を抱く彼女の手に、そっと重ねられた。




「エナメルだ!」
「なに? あのエナメルか…?!」
「気のふれた衣装、間違いない! やれ!」
 彼女(?)は有名人だった。しかも嫌悪されると言う意味でそうだった。
 誇り高く、自身の倫理性に自信を持っているシテのエリート達は当然彼女を狙う。
 エナメルはリスタートして長いので、既にまずまずのレベルに回復している。しかし、
「どうせBOTでレベル上げたんだろう!」
 数人から集中的に狙われてはもたない。
 それでも助けを呼ばない彼女を斬りつけようとする背中に、キングは長剣を突き立てた。引き抜く勢いで、小柄なエナメルから引き剥がす。
 それを見て、舌打ちしたロネも続いた。彼は高レベルユーザーだ。エリートを蹴り倒しながら苦情を言う。
「前から聞きたかったんだが、アンタどうして同名で復活してきたんだよ?! 迷惑でしょうがねえ!
 最低の恥さらしたキャラだ。こんだけ憎まれても無理もない。正直、俺らも仲間と思われるのが恥ずかしいぜ。全然別の名前でリスタートすればよかっただろうによ!」
 エナメルは服についたほこりを払って、術を発動させながらそれに答えた。
「恥ずかしい過去持ちなのは、あなただって同じだにゃん?」
 ロネは色んな意味で口ごもる。
「にゃー。そりゃーエナメルじゃない名前とアバターでやり直してもいいけど、それやったら不正を追及されないように自殺するようなもんだにゃ。
 ソレもうよくね? …がっかりじゃね?」
「別キャラになってんぞ、おっさん!」
「エナメルがエナメルでリスタートしたのは、エナメルのやったことの責任をちゃんと取るためなんだにゃ。
 エナメルは悪い事をたくさんしたにゃ。だからエナメルであることを、そんなカンタンに止めちゃだめなんだにゃ」
 その言葉は、その区画にいた全員に聞こえた。キングもロネも一瞬闘いの手を緩めて、「えーいっ」と回復魔法を降らす彼女を見る。
「へっ…。嘘抜かせ! 単にそのキャラが気に入ってるだけだろ!」
 ロネの言葉にエナメルは体を反らして明るく笑う。
「あったりーだにゃ! にゃはははは!」



 一方、フースケ、未来、フェリックスは、最上階目指して反対側の区画で戦っていた。
 こちらも前には進めていなかった。双方の騎士が入り乱れての大混戦になっている。
 残り時間がじりじりと減っていくことが、攻撃側の焦りをますます強くした。と、新たに打ちかかってきた騎士の顔を見て、フェリックスが驚きの声を上げる。
「ナガレ君…?!」
 それはかつてのフェリックスの副官だった、あの背の低い女性騎士だった。
 再びこの城の中で、今度は敵味方として対峙することになろうとは。
 ナガレのほうも、はっとした様子だった。咄嗟に身を引き空間を確保した後、いかにも彼の元副官らしく、丁寧な口調で言う。
「…引いて下さいませんか、フェリックス。あたしの方が強いし…、あなたを殺すなんて厭なんです」
「他のクラブメンバーは、元気ですか?」
「はい。けれどアルカンによってバラバラにされて、各隊に散らばっています。あたし達のクラブは、信頼を失いました」
「知ってます。僕が死んだ後…、君らが冷遇されていることは。だからあなたにメールしたんです」
 すまなかった。シテを抜けて、こちらへ来ないか。
「…なぜ返事をくれなかったんです。そんな扱いを受けてまで、国王に義理立てする価値がありますか?」
「あります」
 彼女は顔を上げ、きっぱりと言った。
「国王は、情けを知らない人だという者もいますが…、あたしに言わせれば、正義と秩序の人です。
 他者を評価する目は、勿論厳しいです。でも王は、その同じ刃をぴたりと自分の喉元にも当てています。あたしはそれを立派なことだと思うんです。
 そんなことが出来る人は滅多にいません。自分の仕える人間は、どんな状況になっても絶対にルール違反やごまかしや、ずるい裏切り行為はしない。 …部下を忘れて、自分の感情に殉じた理解できない行動なんかしない…。
 こんな単純な決まりごとなのに、果たされることはそうないですもの! この世界でもリアルでも!」
 小柄なナガレは、激し、顔を赤く染めていた。フェリックスは舞い上がるほこりと、血煙の中で、深く息を吸い込む。
「ナガレ君。ではひとつだけ…。――君は今、楽しいですか?」
 彼女の瞳が揺れる。
「楽しかったら、いいです。…でももしそうでないのなら、ごまかしのないという城主の下であなた自身は、何かをごまかしながら生きているということだ」
「…あなたこそ、どうなんですか? その楽しさとやらは言い訳じゃないんですか? 楽しいからこれでいいのだという、どこでも耳にする下らない逃げ口上の変形に過ぎないのではないんですか」
「そうではありません」
 今度は彼が、はっきりと首を振る。
「私達は彼のように潔白ではない。寧ろ過去の汚れた、間違いや失敗をしでかした情けない連中の集まりです。
 でも、私達はそんな私達を自分で引き受け、やっています。私達の中にも本当のことは営まれています。失敗しても、生きることは終わりじゃないんだ。
 私は優柔不断で、本当にリーダー失格としか言いようのない男でしたが…、今は楽しい。そのために戦えるほど、この本当さが、今が、大事です」
 ナガレは、目の淵に涙をたたえて、笑った。
「…どうしてそんなに変わってしまわれたんですか、フェリックス。あなたも昔は貴公子のようだった。間違いなく、あたし達の側の人間だったのに」
「…友達が悪かったんですよ」
「勝てると思っているの?」
「ナガレ。いずれにせよ私はこの本当の為に、戦わざるを得ないんです」
「私もです」
「そうですか。では、仕方がない…。行きますよ!」
 フェリックスとナガレは走り出し、ほぼ同時に剣を振り下ろした。刃と刃が噛み合い、火花が散る。
 それは二つの考え方の衝突だった。世界に秩序と正義を求める人間と、自由と正直を求める人間。
 彼らは激しくぶつかり合い、傷つけ合い、血潮を散らし合った。その眦に宿る憎悪もまた本物で、彼らは真っ向から見つめあいながらも、決して退こうとしなかった。
 ああ。僕は趣味が悪くなった。
 フェリックスは思った。楽しい。自分が正義の側だと信じて人を殺していた時よりも、こっちのほうが、絶対的に楽しい。
 あの日アルカンに切られたのは、心の迷いだったんだ。自分は本当にこちらの側にいていいのかという迷いを、彼に貫かれたんだ。
 今日はそうではない。たとえ負けるとしても、――あんな負け方ではない!



 二階バルコニーでは、静かに座るてるみの対面で、獅道がそわそわしていた。
 三階に立ち上る戦いの音や煙を見ながら、剣の柄の上に置いた手をわきわきと動かしている。
「――獅道。約束を覚えてるわね? 私の許可なしには、軍を動かさないという決まりよ」
「ん? うん」
 獅道は上の空だ。てるみは苦笑いして、チェスの駒を動かした。
「落ち着かないな。あと、どれくらいだ」
「そうね…」



『残り一時間を切った』
『まだ三階を攻略し終わる気配がない…。これはシテのねばり勝ちじゃないの?』
『や、まだまだ分からんぞ。見ろ。僕の期待のフースケ君が、おかしな動きを見せてる』



『――なんだ? アベちゃんか?!』
『ああ、僕だ。フースケ! すぐ二階の大書庫へ来てくれ。未来も一緒に!』
『はあ? どこだよ、それ!』
『位置は未来が知ってる!』
 下に連絡し、特別に兵を増補してもらって、その場を抜けた。
 大書庫というのは二階の一番奥にあった。未来と一緒に走り込んでみると、書類という書類がひっくり返されてものすごいことになっていた。しかも随分初期に戦線を離脱したらしいアベじいが、その前で飛び跳ねている。
「見つけたぞ! やっと見つけた!」
「…な、何が…?」
 アベじいは混乱する二人の腕を引いて、ある書棚の奥を指差した。そこに、なんつーか、昭和のSF的なボタンがある。
「コレを押したら、アレが!」
 彼が指差した先に、ものすごく小さいがなんとか人の通れそうな通路が書棚の間にボコッと開いていた。二人は、唖然とする。
「昔から噂があったんだ! 二階から四階への直通路がどこかにあるって! 前から書庫が怪しいと思ってたんだよ! イヤッホーゥ!」
 狂喜しているアベじいには悪いが、フースケも未来も、とても曖昧な気持ちでそれを見つめる。
 それは、この通路は渡りに舟だ。だが、その船頭はまたしても段原ではないか。ここでもまた彼の手に乗るのかと思うと、何か、釈然としないものがあった。
「なにしてるのさ、早く! このままじゃ負けるだけだよ!」
「あああ畜生! くたばれ段原! 行くぞ未来!」
「…分かった!」
 神様に向かって呪詛の言葉を吐き散らした後、アベじいにせかされたフースケは通路へ飛び込んだ。
 真っ暗闇の中を、狭い階段がうねるようにして果てしなく続いていた。先頭に立ったフースケは、自分がモグラになったような気がする。
 途中で地鳴りがし、思わず足が止まった。誰かが外で爆薬を使ったらしい。してみると三階の近くなのか。
 ここで終戦を迎えたらバカだな。後ろで未来が呟いた時、やっと待ち望んだ光が、上方へ現れた。
 慎重に蓋を持ち上げ、周囲を確認してから、思い切って開く。
 リス系の小動物のように、床からにょっきり顔を出したその瞬間、真後ろに立っていた筋骨たくましいシテの騎士が静かに横にやってきて、目が合った。


 ――アベちゃん。…はめた?
 フースケは埃だらけの顔でそう考えたが、次の瞬間、それは勘違いだったことが分かった。
「あはっ。フースケだ!」
 騎士が体に似合わぬ言葉遣いで片手を挙げ、かわいらしく振ったからである。
「へっ?」
「わかんないの? 楼蘭だよ」


「ぎゃっ!」
 フースケは未来の上へ落っこちた。




-つづく-




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