[ 20 ] 戦い(下)
「だからさ、ただ復活してもレベルゼロだし、なんの役にも立たないじゃんと思ったから、お城の騎士になって、戦争ごとに探してたんだよ。フェリックスさんが探してた、例の横穴。 ううん? アベちゃんにも今日まで内緒だったの。だってバレたら意味ないから」 「僕が書庫をごそごそやってたら、いきなり後ろから『何をしている!』とかって太い声で怒鳴るんだもん。寿命が縮んだよ」 「へへ、偶然会ったから嬉しくて、ついー。 でもホントにあったねえ、秘密の通路! 場所はデタラメだったけど」 やっとのことで穴から這い出したフースケと未来は、微妙に楼蘭と距離を取ったまま立っていた。未来は信じたくないというように目をつぶり、フースケは両手を頬に当てている。 アベじいは意外と平気な様子だ。にこにこしながら、 「でも会えてよかった。やっとバレンタインのお返しが出来たから」 そりゃ、よかったな。未来はそう言ってやりたかったが、いざ筋肉質な男を目にするとうっ…となる。 「…男はいいとして、なんでもうちょっと普通の体格にしなかったかなあ…」 「え? マッチョ君かわいくない?」 「意味が分からねえ…」 「あー!!」 フースケは顔をばちこんと叩いて、やっとのことでそのショックを振り捨てる。 「よし、慣れた!」 「ええっ」 「お前も慣れろ、未来! 時間がない! で、結局ここはどこなんだ?」 「四階『安楽の間』だよ。マクシムがいるのは廊下を出て右手の『都市の間』。すぐだよ」 フースケの心臓が、緊張にずくりと蠢いた。武器を触る手の甲がぴりぴりしている。 ――彼が近い。 それは未来やアベじいも同じで、一気に表情が厳しくなった。 「このまま、あいつのいるとこへ直行しよう。てるみからは自由にやれと言われてるし、もう軍を動かす時間はなさそうだ」 「ああ」 念のため、まだ寝返りの発覚していない楼蘭は、監視役として通路前にいてもらうことにした。他三人は武器を構え扉を破る。 吹き抜けの廊下へ駆け出すと、そこは無人で、ただ欄干の上にすらりと二本の足があった。 たどるように目を上げると、そこにアルカンが、冷ややかな表情で立っていた。 彼の背後に月があった。黒髪と衣服が、夜風にはためく。全体に逆光のせいで薄闇がかっていたが、目だけはそれ自身が鉱物であるかのように、銀の光を放っていた。 彼を『レヴォリュシオンの大天使』と言い出したのは誰なのだろう? フースケは思った。見つけ出して、賞状をやりたい。 「…おや、お三方…。どうしてここへ? 三階はまだ、屈していないはずだが…」 水のように澄んで危険を含んだ声が響き、その女のような手が剣をつかむ。細身の刀身が月光にあぶられ、鋭く鳴いた。 『――フースケ、お前は行け!』 未来が彼を後ろへ押しやり、庇うように大斧を構えた。 『おい…!』 『時間がない! 急げ! アルカンに軍勢を動かされでもしたら、チャラだぞ!』 フースケは何かを噛み切るように歯を合わせ、意を決した。きびすを返すと、マクシムのいる『都市の間』の入り口へ、走る。 「羽虫め…!」 アルカンが欄干を蹴り、ぐんと飛ぶ。一瞬にして彼の頭上へ迫ったその体目がけて、アベじいの放った火球がぶつけられた。 「…っ!」 アルカンは即座に剣を振るってその術を無効化した。が、反動で、着地は大幅にずれた。その間にフースケは扉を破って部屋へ頭から突っ込む。 膝をついて着地したアルカンは、もぐらの顔をぎっと睨んだ。アベじいは少し青い顔をしながらも、次の発動に備え、構えを取る。 「――なるほど…」 憎しみのこもった声が、彼の赤い唇から水のようにこぼれた。 「裏切り者同士、再び手を結んだと言うわけだ…。それぞれ逆恨みの利害が、一致したと言うわけですね?」 「…お前の理屈でいうなら、そうだろうな…」 未来は当然このアルカンに、恨みがないではない。だが以前から彼に対しては、非常に複雑な感情を抱いてきた。 彼らは忠誠心の競い合いをしているようなところがあったのだ。少なくともマクシムに自らを捧げ、尽力しようとした点では、彼らは同種だった。 「アルカン…。次があるかどうか分かんねえから本音でしゃべるけどな、…俺はお前のこと、結構認めてたんだぜ」 「――それは、僕もだ」 不承不承、アベじいも頷く。 「…マクシムを尊敬すんのと同じだよ。お前は完璧主義で、自分にとても厳しい…。そういう奴は嫌いじゃないんだ。もし家が近所って仲なら、絶対一緒に遊んださ」 「……」 「だが、お前はちょっと極端なんだ。 マクシムの言うことにはなんだって賛成する。そしてそれに反対する人間のことは、全員を裏切り者とみなしてしまう…。 お前の忠誠心は立派だよ。だが本当に君主の事を思うなら、何かおかしいと思った時には命がけで止めるのも、部下の役目だろう」 「ふふふ…」 笑みが返ってきた。ぞっとするような美しい、孤独な笑みが。 それはあなたは勘違いをしていると言っていた。 「部下なら、そうかもしれませんね」 「…あァ?」 未来は気圧されて、うめく。 「私はあなたとは違います。私は部下ではない。 ――道具です」 何を言われたのか分からなかった。 「そう。あの『王の剣』と全く同じ、…私は、あの方の道具なのですよ」 「――ば、馬鹿…!!」 未来はそれを、本当に、全身全霊で否定した。そんなことは、考えるのも嫌だ。 アベじいも呆然としていた。まさかこの男の執念が、そこまでのものとは思いもよらなかったのだ。 「――じゃ、お前は…! あいつの…道具になろうと思ったってのか?! 自分すらなくしてもいいと思ったのか?! それでお前に何が残るんだ! 何の為に、お前はそんな…!」 「――何も」 アルカンの喉で、鈴が震えたようだった。人間のものでないような、硬質な声。 「何も残らない。形あるものなどいらないのだから。 私はただ利用され、使われることだけが望みだった。あの人のお気に入りの道具でい続けたかった。 ――それだけです」 二人はもはや狼狽の限度を越して、頭が真っ白になった。未来は前に述べたように彼に同族意識を持っていたのだが、時には全く彼が分からなくなることがあった。 その理解不能さの正体を今、やっと目前にした気がした。頭の中で、本能が稲妻のように走り抜ける。 未来は、腹の中から、搾り出すような声で、言った。 「――お前…! 男じゃないな…?!」 人形のように無表情だったアルカンの顔に、微笑が上った。白い口が半月のようだった。 『…あッ! ちょっとなに?!』 慌てたような楼蘭の声が響いた瞬間、誰かが『安楽の間』の扉を破り、彼らの背後をいたちのように駆け抜けていった。 それが、場の緊張を崩した。 アルカンの体が跳ね上がる。一瞬前まで足のあった場所を、アベじいの術が焼く。 空中でスローモーションのようにふわりと一回転した彼は、落ちる足で欄干の横腹を蹴って、未来へ肉薄する。剣を挟み、二つの体ががん! とぶつかった。 アルカンは初めて、マクシム抜きで戦っていると未来は思った。 正体を見られたから殺すのだ。誰かいただろうそういう奴。 女神の入浴ヌードを見ちまったせいで、自分の愛犬に噛み殺されたかわいそうな狩人かなにか。 フースケが滑り込んだ部屋は、磨かれた床と壁に囲まれた、清潔でただっ広い一間だった。埃だらけの彼にはもったいないくらいだ。 高い屋根には天窓が開いていて、そこから冷たく白い月の光が、きれいに床を照らしていた。 部屋の突き当りには王座があり、普段使っているはずの机などは、脇へ移動されていた。 マクシム・ソボルと、アンリエットの他には誰もいない。フースケは、曽房誠という人間そのものをそこに見たような気がして、少しぞくっとした。 「お久しぶりね。お会いできて、嬉しいわ…」 以前と変わらぬ、――いや寧ろまろみが出て一層美しくなったアンリエットが、優雅に一礼した。相変わらずドレスのように見える銀色の甲冑を身につけている。 彼女は以前から高レベルだった。そういえば戦ったことは、…ない。 心中の慄きを隠して、フースケは笑う。 「ごブタさしました…。 ――俺は、マクシムに用事があるんですけど、やっぱその前にあなたと戦わないとダメですか」 返事は意外なものだった。 「いいえ」 彼女は笑って首を振ったのだ。 「私は、あのかわいそうなアルカンとは違います。邪魔は致しません。一番近いところで、全てを、見届けたいと思っているだけですの」 「……」 片膝を立て、珍しく行儀悪く座っていたマクシムが、ゆっくりと立ち上がった。すらりと剣を抜くと、無言のまま部屋の中央へ、進み出る。 「どうぞ。私にはお構いなく」 アンリエットの微笑みに、フースケは参ったな、と思う。信頼する理由はないが、年上の女性には弱いのだ…。 剣を抜く。発光するそれを見て、マクシムが僅かに頬を動かした。 「『城主の剣』か。スユドのものだな…」 「ああ。てるみからの借り物だ。返さなくちゃならない。――お前のそれ、代わりにもらうぞ」 「やりたいのは山々だが、そうもいかないだろう…」 「なんだ? お前、冗談がうまくなったな」 だがマクシムはにこりともしなかった。お前には俺のことなど分からないだろうという顔をした。 「欲しいなら奪っていけ。僕は自分が積み上げてきたものをみすみす手放せるほどお大尽じゃない。 全て、この手で集めてきたんでな」 フースケは何ともいえない思いで彼の顔を見た。 何もかも完璧な男。ケンケンと咳き込みながら、学年トップを獲ってく男。 確かに彼の剣とその首は、まぐれや、生半可な犠牲とは、引き換えにはできないだろう。 「――…よく分かったぜ」 ため息を吐くと同時に、覚悟を決めた。 二人は天窓の真下で向かい合った。アンリエットは壁際に控え、目さえ伏せていた。 月が二人の対峙を見ている。 呼吸と呼吸がシンクロし、火種が弾けんとしたその時。 「――いたなあ! マクシム・ソボル! 俺と勝負しやがれ!」 乱入してきたのは、未来でもアベじいでもなかった。『ナポリを』の、獅道だった。 「うわ、てめえ!」 あまりの珍客に、マクシムの眉さえ動く。 「い、一体どこから!」 「はっはっは! フースケ! 俺はおめーをマークしていたのよ! 買収した兵士にお前の動きは逐一報告させてたってわけよ! だから秘密の穴倉を通って来たぜ! てるみとは兵を動かさないという約束はしたが、俺が動かないとは約束してねえ! ――さあマクシム・ソボル! 俺とやあれやああ!」 何とかにつける薬はなし。獅道は驚愕したフースケが止める間もなく剣を抜くや、マクシムに向かって躍りかかっていった。 「……」 マクシムは身をかわして攻撃をすり抜けた。三度まで避け、避け切れない四度目の踏み込みを、ようやく剣で払う。 二つの光がぶつかり、派手なハレーションが起きた。獅道の剣もフースケの得物と同様、『城主の剣』なのだ。 一旦距離を取ってニヤリと笑った獅道だが、そこへ空を裂いて闇の矢が降る。 「うおっ?!」 咄嗟に膝を崩し、飛んで逃げる。逃げる。三回の連射を毛一筋の差でかわし切ったのは、見事というほかない。 最後は完全に体勢を崩し、腕を出してやっと着地すると、獅道は感嘆したように目を丸くして、アンリエットを振り向いた。 「ネエちゃん。術師かよ…! そんなナリしてるから、てっきり剣士かと思ったぜ」 「なんて大きな邪魔が入ったこと…。あなたのお相手は私がするわ。――マクシム」 「…頼んだ」 マクシムが右手をちょっと上げると同時、フースケの前に見慣れぬウィンドウが開いた。『一騎討ち』と題にあり、説明の最後に、諾否が問われる。 こんなものもあるのか?! と思いながら、フースケはほとんど流れだけで『許諾』した。瞬間。 天頂にある月から床に一筋、まばゆい光が落ちたかと思うと、それが二人の周りを大きく取り囲むように、走り始める。 風を擦るような異様な音と共に反時計回りに一周を終えると、内部から強制的にアンリエットと獅道がはじき出された。 ぐにょん、という感じで、円の外へ平行移動させられたのだ。 「ええっ?! こ、こんなんありかよー?」 叫ぶ獅道の声がひどく遠くに聞こえた。彼は光の壁を斬ったり叩いたりしているが、中へは入れない様子だ。 呆気にとられるフースケの前で、マクシムがつまらなそうに言う。 「シテに眠る下らん仕掛けのうちの一つだ…。勝負がつくまで、外部からの干渉は完全になくなる。 囁きは届く。こっちの声は我々と――創造主にしか、聞こえない」 「創造主?」 マクシムは返事の代わりに、天窓からのぞく、巨大な満月をふり仰ぐ。 『バレてんじゃん、段原』 『んー。まこちゃん。さすがっ』 「なるほど」 空から視線を下ろして、フースケ。 「野郎は上からご照覧だったのか」 「見せ付けてやろうじゃないか。 ――俺のことを、殺したいんだろ? …毎日、教室で感じてた。背後から、君の怒りを」 「…ああ、そう、だろうな…」 小郡恒介は、混ざっていく二つの世界にめまいを感じながら、認めた。 「…いいさ。僕も君にはかなり腹が立ってる…。 正直君が、――この世からいなくなればいいと、思っている…」 憎いとか。殺したいとか。消えろとか。リアルでは聞いたこともない言葉が、ゲームで吐かれ、目から入って、現実の脳を揺さぶる。 フースケは負けないために笑みを浮かべた。それが非力な彼のお得意、つたない武器だ。 「そうか。…互いに何の問題もないってことだな。じゃ、…始めようぜ」 今度こそ、二人は剣を構えて、ぴたりと同じ呼吸で対決した。瞳孔と瞳孔がぶつかり、鼓動すら、重なる気がする。 剣が同時に唸った。衝突の刹那、空中にブワッとハレーションが起きる。それが消える前に、新たな光が放たれ、そのたびに部屋の壁や床がぼうと照らし出された。 マクシムと最後に闘ったのは遥か昔だった。かなわないと思ったものだ。今、そのセンスは消えるどころか、一段と力を増していた。 フースケが息を継ぐ瞬間を捉えると、見事なフォームで攻めて主導権をもぎ取る。腕だけで振るような捨て打ちはない。全て体の流れに乗せて、回るように打ち込んでくる。 フースケは止めたが、体がぶれ、一打ごとに押し返された。腰を落としてこらえようとすると、今度はガードの甘い脇からすくい上げられる始末だ。 「くっ…!」 いかにも彼らしい戦い方だった。そうとしか言いようがない。力と智とが絶妙のバランスで限界まで枝を伸ばし、そのどちらにも神経が行き届いていて、つけ入る隙がないのだ。 フースケは息を継ぎながら、身を守るのに手一杯となった。次第に集中が殺がれ、体力を奪われ、薄くなったところを突かれ、斬りつけられる。 「がっ…!」 血潮が散った。左足だ。痛みをこらえながら床を蹴り、背面に飛び退って際まで逃げる。 光の境界に肩が触れた瞬間、『降伏しますか?』のウィンドウが視界を遮った。 「?!」 慌ててキャンセルする。だがその隙にマクシムは、真横に来ていた。 振り下ろされた剣の堅い刃が、脇腹の筋と肉とをゆっくりと断裂していくその手ごたえ。 それは冷たさと痛さが同居した、汗の滲み出すように不快な感触だった。 フースケは身をよじって絶叫した。もう人間語ではない。 反射的に指がイベントリを繰り、赤と青の輝石を同時に床へ叩きつける。 マクシムはそれすら見切り、ルビーが爆発する一瞬前に飛びのいた。フースケは爆風に煽られて床を転がった挙句、途中でやっと制御を取り戻して光の際で止まった。 呼気が乱れていた。サファイアである程度の回復は見たものの、体力を大きく殺がれている。 マクシムは、ほぼ無傷だった。爆風に乱れた髪を、手袋のはまった手で静かに整える。 その眼差しは飽く迄青く、冷ややかだ。床にはいつくばったフースケを、一片の同情もなく、物のように見下ろす。 「今のは、効いたろ」 いやになるくらい無感動な声が響いた。 フースケはもう一つサファイアを消費すると、やっと立ち上がり、手を振って自分の血潮を飛ばした。マクシムは首を傾げる。 「――気の毒だが、勝負は見えてる。あと二度同じことがあれば、君のイベントリは、役立たずになるんじゃないのか」 「……」 フースケは答えず、剣の柄を握りなおしただけだったが、彼の言い様は当たっていた。 攻める側にしてみれば、ここまで来るのだってタダではない。マクシム・ソボルは、往路からその消耗具合まで予測済みなのだ。 「悪いことは言わない。降伏しろ」 「冗談抜かせ…」 「降伏すれば、もう一度エリートにしてやる」 「――…なにい?」 「正直、君がここまでやるとは思わなかった。君は過去持っていたような中途半端さや甘さを、少しだけ克服したな。 ――最近エリートとは何かということについて、やっと少し分かってきた感じだ」 『へえ?』 「…エリートとは、自分で、自分の人生を操作できる者のことだ。自力で自らに必要なもの、足りないものを的確に取捨選択し、弱点を克服し、問題を解決し、力を蓄えていける者のことだ。 ――君は、僕が時折嫉妬を覚えるくらい、才能豊かな人間なのに、前は下らない雑念に紛らわされて、全然その実力を発揮できていなかった。 だが君は今回、自分の弱点を意識的に克服しようと努力し、ここまで上ってきた。 まだまだ未完成だが、確実に成長してるし、資格がある。降伏しろ。そして、あんな連中とつるむのは止めて、本当の、エリートになれ」 フースケは、目を伏せ、眉を見せた。 笑うのかと見えたが、ねじれた唇の奥から漏れたのは、怒りに震える声だった。 「ざけるな…」 マクシムがぴくりと顔を動かす。 「てめえは…。いつだってそう…! …話ばかり…。てめえの話ばかりしやがって…! ――誰がお前の手下なんかになるか!! 何が自力更生のエリートだ、笑わせるな…! ならそのエリートの特質で、てめえのその腐れ曲がった根性、ここで直してみやがれ!」 感情に煽られて呼吸を荒くしながら、フースケは光の円の中で、マクシムを睨んだ。 酸素が足りない。視界が回る。 「…そりゃあな…。お前にはちったあ威張る権利があるよ…。結構パサパサな人生送ってきて、ひねくれなかったばっかりか、理性も根性も、知識も思慮も、俺らの中では誰よりたんと持ってやがる…。 努力もする。悪さもしない。弱いやつを助ける。…だから昔から俺らは、お前と一緒にいたんだ! なのに…。今、お前が考えてるのは、お前のことばかりだ。お前の口をついて出てくるのは自分に都合のいい詭弁ばっかだ!」 「詭弁…?」 マクシムの眉間にも、感情が宿る。彼はこれほどあからさまに人に非難されたことはなかった。 信念に従って生きてきたのだから、その言葉は、聞き捨てならない。 「僕がいつ詭弁を弄した?!」 フースケはへっ、と笑った。怒りが高じると笑いに化けるのだとは初めて知った。 「――克己心とか、エリートとか抜かして悦に入ってんじゃねえか、偉そうに…。相手にするのは、無難な連中ばかり…。一番怖いものからは逃げ回ってるくせに!」 「なんだと…?」 いつの間にか、彼も後戻り出来なくなっていた。抑制の聞かない声で彼に噛み付く。 「お前に何が分かる! 僕が何から逃げてるというんだ?!」 フースケは、しばらく呼吸するばかりで、答えなかった。だがやがて小さな掠れた声でこう言った後、頭をがくりと垂れたのだ。 これが彼の払える精一杯の犠牲だった。 「…好きな女から、逃げてるじゃねえか…」 ――ああ。アルカンは戦いながら考える。 私はどうして最初から性別を偽ってこの世界へやってきたのだろう。 簡単だ。彼女は異性から愛玩動物のように好かれることが嫌いなのだ。彼女はリアルでも人目を引く生まれつき美しい少女だったが、外貌目当てに近づいてくる人間には手厳しい拒絶を示した。 彼女は同級生の男子から恐れられ、近づきがたいと思われるようになったが、それでもまだ本性の半分も出せていない。 彼女には力があった。仕事が出来た。リアルでは隠さねば浮き上がるその実力を、ゲームでは存分に発揮して評価されたかった。 男になりたいわけじゃない。だが男性的な、実力ありきの生き方に強く惹かれる。 何の問題もなかった。マクシム・ソボルに会うまでは。彼の心が欲しくなるまでは。アンリエットが現れるまでは。 二つの願いは同時にはかなわない。偽ったのは自分だ。それが分かった時、初めてアルカンは、自分の事を、馬鹿だと思った。 「――おいっ!」 警告を発した未来の声に、やっと彼女は我に返った。が、その時にはもう足を炎で焼かれていた。 「うわっ…!」 術を放ったアベじいの方が震えていた。当たっちゃったよ! という顔だ。 二人とも、なんてお人よしだ。アルカンはよろめきながら笑う。 カタキに声を掛けてやる騎士がいてたまるか。私だったら――マクシムだったら、心ここにあらずなこんな人間即座に斬り殺して、振り返りもしない。 …――ああ…。…そうか。 そうか…。 だからあの人はあんなにも、この連中を待っていたのか。 無意識にしろ、そうでなかったにしろ、この大きな城のてっぺんで、彼が待っていたのは、いつも役に立って便利で、鏡に映るコピーであるかのような私ではなくて―― 「アルカン!」 こんな時にさえこうして手を差し伸べてくる、不合理なまでに優しい連中のほうだったんだ。 偽って棄てて、殺して殺して望みがかなうと思っていた私は、本当に――なんて 未来が駆け寄って手を伸ばしたが、間に合わなかった。笑いながら身を反らしたアルカンは背後の欄干を越し、躊躇もなく踊るように夜の中に落ちて行った。 「アルカン!!」 凍りついた手が次にキーボードを打つまでの間に、ディジタルの時計が五秒の時を刻んだ。 「なにを、お前は…」 「トボけんじゃねえよ! 何もかもそれが原因だろうが!」 フースケが顔を起こして絶叫する。血の散った頬の上で二つの目がギラリと光り、それが彼自身も、その件に無関係でないことを告げていた。 「確かに、お前だけが悪いんじゃない…。いきなり再婚とかって話になって、お前がビビったのは分かるよ…。好きな女の子と同じ家に住むなんざ、エロ漫画じゃあるまいし実際に起きたら拷問だぜ。 ――だけど…、なんでお前、あんなにみんなを不幸にしなきゃいけないんだよ…?! なんであいつのこと、ああも泣かす?! 簡単に、何度も何度も! …あんなことさえなけりゃ、俺だってこんなとこまで来やしない。お前のアホなエリート理論にだって、本気で付き合えたかもしれないのによ…! …あいつの気持ち、知ってんだろう! 分かってて踏みにじって、楽しいか?!」 マクシムの白い顔に、血の気が薄く浮かび上がった。こんな恥には耐えられないというように額を覆う。声が震えていた。 「…何を言ってるんだ…。何をいきなり…。 違う。大体彼女は…、お前にべったりじゃないか…。昔からそうだった。 あの子が遊びから脱落した後も、お前とだけは仲良くしてた…。デタラメを言うな…。お前こそ…」 「――ああ。…好きさ。あの最後の会合の後…、俺らが中一の時のな。…俺、泣いてたあいつにコクったんだよ。 そしたらあいつ、お前が好きなんだってさ」 フースケは笑い出した。 「――お前、俺の気持ち分からねえだろ。あれからお前があいつ泣かすたんびに俺がどんな気持ちでそれ見てたか知らねえだろ! そうだよな。俺だってこんなこと一生言いたくなかったよ! お前の正体を暴きたくなんかなかったよ! どうしてこんなことさせるんだ!! ――…お前は、あいつを恐れてるんだ。 愛が怖いんだ。 むちゃくちゃするからな。理性なんか吹っ飛ぶからな。頭ごなしに家族が出来ないみたいに、頭ごなしにあいつのことなんか捌きようがないもんな! お前は家族が嫌いだ。それは仕方ない。お前は母親が嫌いだ。それも仕方ない。愛を恐れて父親の再婚に反対する。それも仕方ない! …けど、それに弱さとか、甘さとか、勝手な名前付けて、迫害してんじゃねえよ! お前はまたワケわかんなくなるのが厭で、理詰めで誰もいない城の中に隠れてる臆病な馬鹿だ。 ――何がエリートだ、何が国王だ。 女一人に怯えてまともに相手もできないやつが、威張るんじゃない! ぶっ潰してやる。お前の作り上げたこの清潔でくだらねえ、ゴミみたいな帝国、ぶっ壊してやる!」 一気呵成に怒鳴り終えると、フースケは奇声を発して体ごと飛び掛っていった。 『城主の剣』と『王の剣』が衝突する。波動を発する。空気が痺れる。 打ち合う。マクシムは体を回しながら、まるで拳で殴り返すかのように全身で叩き返す。 跳ね飛ばされたフースケは負傷した足での着地に失敗して転び、マクシムの体は、半転して止まる。だが遅れて静まる髪の下の顔が、一七のそれに、戻っていた。 子供時代に負った恐怖を解決できずに、それに代わる理屈を積み上げて身を守っていた少年の必死な目。 それを突き崩そうと立ち上がる、もう一人の少年の目。 彼らは友達だった。 子どもの頃から、ずっと友達だった。 「――うらあああ!!」 フースケが再び立ち向かっていく。彼自身の命をつなぐアイテムの残量など、既に頭にない様子だ。 「…!!」 鳥肌が立った。心臓が沸騰している。 マクシム・ソボルは冷静になろうとした。冷静になれば、こんな戦いに負けるはずなどないことは分かっていた。 こじ開けられた扉を必死に何かで埋めて、風を締め出そうとした。だが、手を振り回してみても、指は空を握るばかりだ。 彼はその時初めて、自分自身すら、自分の事を好きでないことに気がついた。 彼の明瞭な思考能力が勝手に働いて記憶を探り当てる。あの時からだ。 泣いている愛と、困ったように笑う恒介と、三人で話し合った午後。彼はこのまま彼女がいなくなれば、悩みも消えると思った。 あの時の、恒介の顔――。 この男は、あの日からもう、僕がどんな卑小な男か知ってたんだ。ずっと知ってたんだ。ずっと知ってて、我慢していたんだ。 恥で頭が煮えた。体が痺れる。その隙を恒介の剣が捉え切り裂く。 「うぐ…っ!」 マクシムは腕を斬られて、うめき声を上げた。フースケは止まらない。二度、三度と勢いのままムチャクチャに、彼の体を斬りつけた。 マクシムの口が開く。フースケは、それでも止めず、返り血を浴びながら剣を縦にすると、そのまま鎧の隙間から胸板へつきたてようとした。 マクシムは悶える体の奥底から力を振り絞って、両手を前に回す。その手には『王の剣』があった。 『城主の剣』の切っ先が『王の剣』の身の上を、がりがりがりがりと不快な音を立てて走行した。 飛び散るハレーションにフースケの顔さえ白くぼやけたその瞬間。 信じられないことが起きた。 キーンと神経に障る高音を発した後、『王の剣』が二人の目の前で、砕けたのだ。 その瞬間ほとばしった言葉にならぬ叫びは、フースケのものではなかった。だからマクシムのものだったのだろう。 それは水のように千個もの破片になって、きらめきながらマクシムの上へ降りかかった。 千の口が彼の愚を指差し、哄笑しながらこぼれ落ちていくかのようだった。 信じられないと目を回しながらフースケは逆位置へ剣を構え、その胸板を横から一気に刺し貫いた。 二階バルコニーを歩き回っていた南州城主【てるみ】は、聞いたことのない音を耳にして足を止めた。 もはや天頂と言われても見分けのつかぬほど高ぶった月から、バルコニー中央に光が落ち、驚愕した部下達が飛びのく。 てるみがゆっくりとその前へ歩み出るのと、光の中に優男が一人、背の低い老人が一人、現れ出たのは、ほぼ同時だった。 「お久しぶりだわね、…パトリス」 パトリスはにこりと古馴染みに笑いかけ、彼女に片手を差し出して握手した。光線はその頃には消えていたが、肩なんかはまだきらきら光っていた。 「――たった今、国王マクシム・ソボルが所持していた『王の剣』が、耐久度を使い果たして粉砕された。マクシム・ソボルは統治者の資格を消失、攻略戦に敗北したものと見なされる。 革命は成功だ。…おめでとう。新国王の君に、新しい『王の剣』を授ける」 てるみはパトリスの前に膝を落とすと、差し出された剣を、黙って両手で受け取った。 全ユーザーに向けて、布告がなされる。 ――大革命が遂行されました。 中央州の支配権はクラブ『真夏』に移り、新国王は同クラブのリーダー【てるみ】となります。 同時、城中のいたるところで、厳しい戦いが終焉した。とって代わるように大歓声が起こって、城が揺れる。 『カテドラル』の兵士達は顔をゆがめ、無念の中に膝をつき、『真夏』以下勝利者達は両手を天に突き上げて感情のまま雄たけびを上げる。 「やった! やった! やったああ!」 顔に落ちかかる血を払いながら、フェリックスは床にへたり込んだナガレに手を差し出した。もう二回ほど絶命し、自前で復活した後だった。 三回目ともなればナガレの剣も鈍っていた。どれだけ怒りが濃くても、二度も殺したら、底が尽きる。 「……」 彼女は責めるような目で、笑うフェリックスを見た。その目から、涙がこぼれる。 『都市の間』は静まり返っていた。 『フースケ。フースケ? すぐ二階のバルコニーへ来るのじゃ。もう時間がないぞ』 「はいはい…。分かってますよ…」 座り込んでいたフースケは、天井を向いて、ひとりごちた。肩で息をする彼の傍に、マクシム・ソボルがうずくまっている。 まだ幾らか体力が残っているはずだが、喘いでいるだけだった。糸の切れた人形のように、一切の動作がない。きっと曽房誠自身が、動けなくなっているのだろう。 最後のサファイアを発動させ、お慰みに血の気を回復させると、フースケは立った。そしてマクシムの細い、ぐったりした体を肩に担ぎ、光の円の外へ踏み出す。 円は、勝負が終わったことを知っているかのようにスウと消えた。外には獅道とアンリエットがいた。 彼女は傷ついた右腕を押さえるように、胸の前で腕を交差して座り込んでおり、獅道がその前に渋い顔して立っている。 「よお。さっきからものすげえ口説いてるのにこの美女一向になびかないんだ。いい手知らない?」 円の中へ入れないと知って、目先を切り替えたらしい。フースケは笑って首を振った。 「知らない。――アンリエット…」 「……」 「ありがとうございました」 アンリエットは僅かに微笑み、頷いた。フースケは外の廊下へ出る。 地面に座り込み、戦いの余韻に肩で息をしていた未来とアベじいが、二人の姿を見て体を起こす。傍には楼蘭がいた。 通常の道を通って下へ降りた。生き残った両軍の騎士達は壁際に身を引き、教会の行列を見るような目で、フースケと、血まみれの国王の体を見送った。 バルコニーへ戻ると、キングらと共に、てるみがいた。満足そうに頷いた彼女は彼から『城主の剣』を受け取ると、代わりに『王の剣』を手渡す。 「シテの中央広場まで行きます」 「…間に合うかしら? 三分前よ」 フースケはちらりとパトリスに視線をやった。パトリスは眉を上げる。 彼らは城を出て行った。城下へ入ると、人々の大歓声に包まれた。 シテの貪欲な市民達は、辛抱強く、諦めることなく、最後の日の最後の時間まで踏みとどまってこの勝敗が出るのを待っていたのだ。 群集に押され、広場までの道は自然に出来ていた。人々は南州を讃え、敗北者となったマクシム・ソボルをこき下ろしていたが、フースケも、未来も、アベじいも、キングもフェリックスも楼蘭も皆、無表情なまま歩く。 人々は、見事復讐を遂げた彼らに、暴君を打ち倒した彼らに、最後の最後にこの大きな余興を提供してくれた彼らに喝采を送っていた。 やがて罪人は、シテの中央広場に着く。 フースケは血にまみれた彼の体を舞台の上へ下ろすと、ほぼ瀕死の状態の彼の首に、抜いた真新しい『王の剣』を押し当てた。辺りは、突如水を打ったように静かになる。 彼の耳に、掠れた囁きが落ちた。 帰っていいのか 当たり前だろ。フースケは呟くようにそう答えて、両手に力を込めた。 俺もあいつも未来も安倍ちゃんも、みんなお前の味方なんだぜ。 うわあああああ! フースケは、理由も分からないほどの人々の狂乱のさなかで、立ち上る血の匂いにむせた。 『王の剣』の効果によって、程なくマクシム・ソボルの体は掻き消える。後に残ったのは、血にまみれた手と、剣だけだった。 フースケは片膝をついたまま、目を閉じた。後ろに固まって立つ未来達も無言だった。その渦中にいた者は、みんな悲しい静かな気持ちだった。 ひとつの夢の終焉にも似ていた。 崩壊が始まった。 世界は周縁からものすごいスピードで糸のように解けて行き、おしまいの波は競争するかのようにシテめがけて四方から迫ってきた。 エストの城も、ノルの城も、鉱床も消え、スユドの棕櫚も美しい宮殿も、ウエストの砂漠も、めくれ上がるように、虚空の中に消えうせた。 パトリスが、座り込むフースケの前にすうっと現れ、あどけなく笑った。 『時間オーバーだが、サービスしておいたよ。彼の父親には連絡しておいたから、すぐ迎えに行くだろ』 『……』 『僕のいない間。君はよくしてくれたよ。ありがとう』 フースケは首を垂れた。それは彼の言葉に頷いたのか、それとも、その手で友を殺したという事実に疲れたという意味なのか、定かではなかった。 世界の終わりは、まるで紙を焦がす炎のようにシテを取り巻いた。熱狂する人に溢れた広場も、一人悠然と立つパトリスも、うずくまるフースケと、その仲間たちも、丸め込むように飲み込んで、 世界は虚無の中へ、消失した。 薄暗い部屋の中で、曽房誠は机に両腕を組み、その上に頭を伏せていた。 苦悶するようにうごめくPCの稼動音。そして僅かに発光する液晶ディスプレイの画面には、小さなウィンドウが出ていて、こんな文字列が浮かんでいた。 あなたは死にました。 今いるところが、天国です。 -EOF-
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