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永遠に続くような気がした一日も、もう夕暮れに傾き始めていた。シバリスはイングリット家の控え室でヘキガティウスから治療を受け、迎えの馬車が来るまでの間、イングリットの床の側に座ってずっと彼の死に顔を見ていた。 「変だ……」 シバリスは呟く。 ついさっきまで生きていて、自分に苦しい選択や厳しい戦いを迫った現実の手が、今はもう動かないというのは、いつまでも馴染まない不可解――。まさに、断絶だ。 赤い血のこびりついているのに青い唇。吐き出したものに負けるほど速やかな死がそこにあった。 「ああもう、一体どうしちゃったんです、あなた……」 両手で唇を覆い、目を細める。悲しかった。 何もかもには、終りがある。 分かっているのに、人間は忘れるのだ。たった二年戦場へ出ないだけでも……。 そして死者との対話は叶わない。 だから、生きているうちに話し合いをしなければならないのだ。闘わなければならないのだ。次があるなんて思うな。そのうち何とかなんて逃げるな。なぜならば黄昏はすぐ、目前に迫っている――。 「……あなたともっとお話をしたかったけれど……。でもあなたと少なくとも喧嘩して一つ、収穫が……」 シバリスは伏せたまつ毛で、死んだ彼に語りかける。 「安穏と生きても闘いに生きても結論が等しく死なら、本当の敵がどこにいるのか分かりましたよ……」 そして彼は右手の人差し指を立てると、彼に向かって自らの左胸を静かに指し示した。 「けれども今はこれほど痛い警告すら、僕は覚えていられるかなあ……。僕は正直不安なんだけれども……」 とりあえず、努力します……。 目を閉じると長い廊下の先にあれほど捜し求めた子供が独りで立っている。 けれども彼はもう泣き止んでいた。背中一杯に広がる青空に相応しい優しい顔をしながら、自分の薄情を笑ってくれる。 まあ無理に思い出さなくても構わないよ。 君の目覚めは幾度も続き、 何十枚も連ねられた扉の向こうに私は待っている。 扉を開けるその手を躊躇しない限り、 どうせそのうち……、またどこかで会うだろう……。 * 【付記】 国軍少佐シン・イングリットによって一二八四年に引き起こされた一連の騒動は、非公式の剣闘試合の引き分けと当人の死亡をもって閉幕を見た。 この事件は皮肉なことに当事者である騎士シバリス・クレイとバートレット・キーツの評判を高める結果に終わったが、貴族の好ましくない暴走として正史には記録が控えられる。 いかなる国家とも関連をもたない学者カイン・ヘキガティウスだけが事件を筆記し、寧ろ国外へ流出した。 シバリス・クレイとラエティア・ノルドの交際は、幾度もの変形を見ながら生涯続いた。後にラエティアはベルナルド男爵夫人となるが、その結婚は同女が四十三の年に行われ、その後も変わることなく二人の友情は続いていたと見られる。 五年に渡る平和という試練に耐えた公国騎士団は一二八七年、隣国トリエントーレと協定の上、対ガラティア第二次ナリタリア戦役に参戦して、その長い眠りを打破した。 しかしこの最初の戦いで騎士団は手痛い敗北を喫し、参加騎士の九割強を失うという厳しい現実に直面することになる。 ところで騎士シバリス・クレイが臆病であったという記述はどこにも存在しない。しかし彼はその後も騎士としては異例に長く生き、公国滅亡までをも見届けることになった。 その理由を、トリエントーレ宰相アルアニス卿は、とある雑記の中で「女運」と説明しているが、真面目なものなのか皮肉なのかは、不明である。 "Mementò Mori" The End |
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01.11.23