- 藪柑子漫談 -

(十四) 東からの手紙




「猫」こと、小西豊松である。
 藪柑子先生は、文士として広く名も知られ、真面目な学者として読書子に深く敬愛されている方だったけれど、同時にそれ以外の人たちにも多く誤解されて乱暴で大雑把な崇拝の対象にされていた。
 何度架け替えても表札が盗まれるとか、遠方の大家から唐突に縁談が来るとか、頼んでもいない酒が届くとか、そういったようなよく聞く珍事が藪柑子先生の身の上にも起きていた。
 二、三年前には夕刻の先生の行動を追跡して書かれた「氏は××町の風呂屋に入り、帰途団子屋で一気呵成に三本食った」とかいう記事が堂々と新聞に載ったりもした。
 その時も先生は面白がって怒らなかったし、前に書いたような人々の行動についても出来る限り付き合ってやるというお考えだったが、とにかく、先生は嫌でも他人から見られてしまう立場にいたのである。
 だから確かに、箕尾君の危惧も分からないではない。世の中には下らない記事を好む記者と読者が大勢いるからだ。そういう連中は、ただ一時期に先生と交友のあった女性の名を聞くだけでも、そこに恋愛があったとかなかったとかいう話を始めたがる。
 しかし心配の余りとは言え、密偵の真似事をしたその記者の真似事にまで及んでしまうのは、やはり一種の愚であると私は思う。








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