- 藪柑子漫談 -
(二十六)ガリガリ
羅刹の振り回す剣の如きイチョウの枝の間を遠慮会釈無く冷たい北風が吹き、毎日起きるたびに一日の寒さを思ってうんざりする季節になった。
「重っくるしい話が続きましたから、そろそろ我々の出番ですねえ」 「俺は胃が悪いんだがな」 「寒い寒い」 と、言うわけで藪柑子先生はさっきから猫博士と、火鉢の周りに座って話し込んでいる。寒がりの先生は綿入れを着て襟巻きを巻いてだるまのようになっているし、猫博士も今日は和装で着膨れていた。 「そろそろお年玉の季節ですねえ。ご準備出来てますか?」 「こないだ妻(さい)の奴が、文具屋なんかに行って色々買って来てたようだぞ」 「あ、先生のところは何か物を上げるんですね」 「まあ女が多いからな。秋雄は小さいからまだ銭をやってもしょうがあるまいし。 女の子らには筆と髪のリボンをやるとか言ってた。秋雄にはコマだろう」 「近頃の子供はいいですよねえ。僕の子供の頃には、結構厳しくて、お正月たってせいぜい飴がもらえるくらいのものでしたが」 言って、猫博士はお茶に口をつける。 「お前コマが欲しいのかい」 ぐっ、と妙な音が博士の喉から漏れた。お茶を流し込む前に茶碗をまた膝の上まで戻すと、えらく真面目な顔で言った。 「まさか」 「………」 「………」 「欲しいのか」 「まさか」 博士はまた真面目に言って今度こそお茶をすすると、受け皿の上に戻して話題を変えた。 「僕のところも今年からは物なんですよ。去年まではお小遣いだったんですがねえ」 「方針を変えたのかい」 「いや、僕のところ娘一人息子一人じゃないですか。色んなものを取り合ってよく喧嘩しましてね。あんまり喧嘩するから面白半分に、ぽち袋を三つ用意しましてね。去年は元旦に、娘と息子と妻を並んで座らせて、その前に袋を並べました。 中身は全部同じ金額で二銭なんです。でも一つは全額一厘貨で二〇枚、一つは半銭貨で四枚、最後のひとつは二銭貨で一枚入れてありましてね。うずうずしている娘を見ながらもったいぶって『ま、お年玉は若い者から選ぶ権利があるだろうな。まずツカサ(息子の名前ですが)から、好きなのをとりなさい』とやるわけです。 息子はまだ小さいですからねえ。ぱーんと迷い無く膨れ上がった一厘袋を取る。それが娘には悔しくって仕方が無いらしくて、顔を真っ赤にして歯軋りして見てるんです。でも、仕方が無いから次に渋々半銭袋を取る。で、妻が最後に黙って二銭袋を取る、てな面白いことをやりまして」 「………」 「やりましたら子供らから不信感を買いまして」 「当たり前だろう」 「今年から現物で寄越せと」 「何にするんだ」 「何か画面の中で犬が飼えるゲームのソフトとか言ってましたよ。そうじゃなきゃ、たまご型の流行のあれが欲しいそうで」 「ああ」 「そういえば先生、ゲームのほうは如何ですか」 「苦手だ。ガリガリやられた」 「は?」 「ゴーストタウンの中で、やたらと動きののろい腐りかけの死体に追いかけ回されるのがあるだろう。 紅梅が面白いからと随分勧めるんでやってみたんだが、操作の方法が分からなくてな。最初のシーンでぐるぐる回ってるうちにとっ捕まってガリガリやられてゲームオーバーだ。 何度やってもそうなるから三回目くらいで投げた。二度とやるかあんなもの。 死体は何だか唸ってて臭そうで気色が悪いし。第一、念仏が唱えられないなんて約束が違うじゃないか」 「先生あれは幽霊じゃなくてゾン……」 すぱん。 と、前触れもなく襖が開いた。二人が顔を向けると、画材を抱えた破れ靴氏が立っている。氏は部屋の中を一遍通り見回すと、不自然に黙り込んだ二人に対して、 「…またなさってたでしょう」 先生は無表情のまま空いたほうの手をひらひら振った。 「してないしてない」 「気のせいだよ、破れ靴君」 博士も小首を傾げて微笑する。 (匿名)
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